第28話 タンクだけ報酬十倍にしてほしいよ
「おっ、本当か?」
「ええ、帽子も被ってたし間違いないと思うわ!」
「よーし、じゃあちょっと行ってみよ!」
そして僕らも席を立ち、ヒナの案内のもと一人席の方へと足を運んだ……そしたら確かに席の真ん中で、うつ伏せ状態で寝ている人がいた。ここからはあまり顔が見えないが……大きなベレー帽を被ってることから、この子が風華であろうことは容易に想像ができた。
「やっぱり寝てるね……どうする、起こす?」
「やめとけ。いきなり起こしてきた相手のお願いなんて聞いてくれないだろ」
「それもそうね。起きるのを待ちましょう」
……ということで、僕らは店員さんの許可を得て席を移動して。一人席に並んで座って、彼女が起きるのを待つのだった……二時間くらい。
──
「……いや、どんだけ待てばいいのよ。もうお腹タポタポよ」
「飲み過ぎだってば……」
ポンポンとお腹に手を当てているヒナを見ながら、僕は呆れたように言う……この待っている時間、ヒナは何度もドリンクバーを注ぎに行ってるのを僕は見ていたのだ。よくもまぁそんな甘い飲み物をガブガブと飲めるもんだ。
「いや、このドリンクバーは神だから……」
「どういうこと?」
「ちゃんとしてないところのドリンクバーはすっごい薄くて、水の味しかしないのよ。でもここは濃いから……神なのよ」
「あ、そう……じゃあ今度から作戦会議はここでやるか?」
「それいいわね!」
ヒナは目を輝かせて言う。いつも強がって大人ぶってるけど、やっぱりヒナは年相応の子どもなんだなぁ……で。そんな中でも、るーたんはちゃんと風華がいつ起きるかを監視していたようで。ちょいちょいと僕らの肩を叩き、風華の方を指した。
見ると確かに、彼女は今にも起きそうな動きをしていて……数秒後、ゆっくりと身体を起こした後、大きく伸びをしながら声を出した。
「……ん、ふぁぁーあ…………」
ここでようやく風華の顔を見ることができた。見た感じ年齢は僕らと同じ……か、それよりちょっと下に見えた。タンクとは思えないくらい小柄で、身なりも気にしていないのか、ダボダボの服を着ていたが……その吸い込まれるような猫目は、スキルの効果を確かに感じさせていた。
それで起きたのを確認したるーたんは、すかさず声を掛けようとするが……僕は「待て」とジェスチャーで静止させた。話しかけるよりも、まずは彼女の警戒を解くのが先だろう……そう思った僕は呼び鈴を鳴らし、店員を呼んだ。そして彼女を指しながらこう言って。
「この方にホットミルクを一つ」
「かしこまりました」
「…………んー? だれ? ナンパ?」
それが自分に向けられたものだとやっと気づいた彼女は、横目で僕の方を見てくる……変に警戒されないようにと、僕は丁寧な口調で自己紹介をした。
「違うよ。君の噂を聞いて来たんだ。僕はダンジョン探索者の越谷慎也。君は浅羽風華さんだよね?」
「ふぁあ……じゃ、ナンパみたいなものか……」
言って彼女はまた眠りの姿勢を取ろうとする……また何時間も起きるのを待つのは勘弁なので、慌てて僕はそれを止めようとした。
「待ってくれ、お代は全部出すから話だけでも聞いてくれないか?」
するとピタッと動きを止め、僕に視線を移して。
「……んー。じゃ、聞くだけね?」
面倒くさそうに言うが、どうやら話は聞いてくれるらしい。長々と話しても眠気を増強させるだけだと判断した僕は、直球で要件を伝えて。
「ありがとう。単刀直入に言うと、僕らはタンクを探している……だから君の力を借りたいんだ」
「…………え、もしかして仲間になれって言ってる?」
「ああ」
すると風華は露骨に嫌な顔へ変わり、うめき声に似た声を上げて。
「うえぇー……急に言われてもなぁ。やっと暇になって、すっごい幸せなのに」
「クビになって喜んでるの?」
ここでるーたんが会話に入ってくる。風華は頷いた後……るーたんの方を二度見して。
「うん……えっ、るーたん? るーたんが仲間って、どういう風の吹き回し?」
どうやら風華はるーたんのことを知ってるらしい。やはりるーたんが有名配信者なのは間違いないようだ……それで彼女は、ちょっと気まずそうに言葉を濁して。
「……まぁ色々あって。それより風華ちゃん、私達と一緒にダンジョン行かない? 私らはクランでもないし、ルールもないから、とっても楽だよ!」
「えー……そう言われてもなぁ……しばらく休みたいんだよ。半年くらい何もしたくないんだ……」
「ねぇ、少しの間でもいいからお願い……アナタが必要なの」
そしてヒナもここぞとばかりに追撃する。風華は数秒間ヒナを無言で見つめた後…………予想外の言葉を発して。
「………………えっ。かわいい……」
「えっ?」
「君……名前は?」
「ヒナだけど……」
「ヒナちゃん、何歳?」
「え? えっと……13」
「イイ……」
そう言って胸を抑えたまま、テーブルに突っ伏した……もしかして。いや、もしかしなくてもこの人、ヤバい人だった……?
「……風華さんってロリコンなの?」
「…………違うよ」
「ちょっと考えたよね?」
風華は首を横に振るが……全く説得力がなかった。もう僕、この人に敬語使わなくていいよね? うん……それで風華は饒舌に語りだして。
「違うったら違う……最近はロリコン自称する痛いオタク増えてるけど、普通に公言するもんじゃないから。ちゃんと気持ち悪くて病気なのを自覚した上で、そういうのは絶対にバレないように隠し通さなきゃいけないんだからね?」
「急に早口になったわね……?」
「思うところがあったんでしょ……」
もう完全に二人は引いていたが……逆にこれはチャンスだと判断した僕は続けて。
「言い忘れてたけど、君には主にこのヒナの護りをお願いしたいんだ」
「えっ? るーたん達は?」
「私らは大丈夫だよ! 強いし! ね、慎也くん?」
僕は頷く……まぁお互い長い間ソロでやってたし、一人でも戦い抜く力は他の人よりはあるだろう。それで風華は、少し疑いが混じったような表情を見せて。
「ふぅん……まぁ全員じゃなくて一人ならだいぶ楽なんだけど」
そりゃそうか……一人護るのとパーティ全員護るのは、全く難易度が違うのだろうな。そして風華は愚痴るように。
「ひどいんだよー? 一人でも護れなかったらギャンギャン騒いで文句言って。タンクとかストレスでハゲるね。タンクだけ報酬十倍にしてほしいよ」
「まぁ大変なジョブだろうとは思うよ」
「でも風華は他のジョブもできるんじゃ……」
……と、そこまで言ったところで、『しまった』とヒナは口を塞いだ……風華は他のジョブができることを、公表していない……なのに僕らがそれを知っていることはおかしいのだ。これは風華に警戒されかねない……!
僕らは怯えながら、彼女の言葉を待った…………。
「…………ヒナちゃん……どうして分かったの? ひょっとして天才?」
「あ、あはは……」
……セーフ。言ったのがヒナで助かった。それで知ってるのならと、風華は自分のジョブについて説明してくれて。
「そう、私はね色々できるんだ。アタッカーもヒーラーも。でもタンクが一番向いてるかなって思うんだー。受け止めるだけでいいし」
「簡単に言ってるけど、それすごいからな……?」
「うん、普通攻撃なんか受け止められないもん! ナイフぶっ刺す方が簡単だよ!」
「アンタはアンタでバケモンなのよ……」
やれやれとヒナは言う……それで、こっちが中々折れてくれないと察したのか。風華はここで条件を提示してきて。
「んー……じゃあ私が仲間になる条件。いつ休んでもいい、どこで寝ても文句は言わない、遅刻を咎めない、やめたくなったらすぐやめていい、あとは……お腹すいたらごはんとか買ってきてくれる……」
「そのくらいいいよ!」
るーたんはその条件を快諾した。それで風華も断られるために、あえてそんな条件を挙げていたのだろう……驚いたように聞き返して。
「えっ……ほ、ほんとに?」
「うん! 私も気分乗らなかったら行かないし、余裕で遅刻するし!」
「堂々と言うことじゃない」
でも僕だって妹の病状が悪化したら、ドタキャンすることだってあるだろうし……全員このくらい自由な方が良いのかもしれないな。そしてるーたんは続けて。
「あ、配信はすると思うけど、それはいい?」
「それはまぁ別に……どうせ誰も私の真似できないし……」
「うん、良かった! じゃあ仲間になってくれるってことでいいんだよね!」
そう言ってるーたんは手を差し伸べる。風華はあまり浮かないような顔をしていたが、『条件を呑んでくれるのなら』と決心したのか、その手を取って。
「うーん……まぁ。とりあえず仮でね」
「それでもいいよ! じゃあ仲間になったことだし、さっそくキラボシダンジョンへ行こう!」
「えー……今からは面倒すぎ……明日でいい?」
「……じゃあ明日! 遅れてこないでね?」
「努力はする……」
「風華、来なさいよね?」
「…………わかった」
「もう全部ヒナが命令すればいいんじゃねぇかな……」
……というわけで。仮だけど、僕らのパーティにタンクが加わりました。
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