第27話 慎也くんみたいなお兄ちゃん欲しかったもん

 ──


 それから僕らはミナトさんにお礼を言って立ち去り、るーたんと合流して事の顛末を話した。『ミナト』という言葉を出すと、るーたんは少しだけきまり悪そうな表情を見せたが……それ以外は特に気になる素振りは見せず、「二人ともでかした!」と僕らを褒めてくれた。そのままるーたんは親指を立てて。


「じゃあ早速、その喫茶店行こう! 私がいたら、多分二人も入れると思うから!」


「ホント?」


「うん! 私も前はよく行ってたから……ま、私がいたらみんな嫌な顔するから、次第に行かなくなったんだけどねー」


「……なんか悲しくなってきたわよ」


 ヒナは背伸びして、よしよしとるーたんの頭を撫でる。彼女は幸せそうに「えへへ~」と笑って見せるが、心は泣いてる気がした。なんだかんだるーたんが一番闇深そうなんだよなぁ……いずれ過去のことを明かしてくれる日は来るんだろうか。


「……ま、そんなのは気にしなくていいさ。目的もあるし、早く喫茶店まで行こう」


「うん!」「ええ!」


 二人は頷き、そのまま僕らはエレベーターを乗って五階まで向かうのであった。


 ──


 五階。エレベーターから出ると、確かに眼の前には喫茶店があって……入口は木製のドアと、小さな立て看板が一つ。見た目は普通の喫茶店のように思えるが、その看板には『A↑のみ』とシンプルな書体で書かれていた。


「よ、よし行くわよ……るーたん先頭で」


「ビビり過ぎだってば。別にちょっとおしゃれなだけで、普通の喫茶店だよ?」


 言いつつるーたんは扉を開く。その後ろを僕とヒナはついて行った……入るなり、店員が冒険者カードの提示を求めてきたが、るーたんがホイと見せるなり、店員は深くお辞儀をして。丁寧に僕らを席まで案内するのだった。


 席に着いた僕は、周りを見ながら言う。


「確かに普通だな。その辺の喫茶店よりは静かだけど」


「Aランク以上が集う上品な場所だから、騒ぐ人はいないよ……私を除いてね!」


「……そりゃみんな嫌な顔するわけだ」


 ひょっとして若かりし頃のるーたんは、ここで配信とかやったんじゃないだろうか……だったら自業自得過ぎるんだが。まぁ流石にそんなことしてないと、僕は信じてるけどね……そして僕らは各々飲み物を注文し、もう一度周囲を見回した。


「パッと見たところ、それっぽい子はいないね?」


「そうだな。一人席にいるのかな……?」


「じゃあアタシが様子見てくるわ! 注文したのドリンクバーだし、ウロウロしても自然でしょ?」


 そう言ってヒナは立ち上がる。メンバーにお子様がいて助かった……って言ったら怒るだろうか。まぁここは素直にお礼を言っておこう。


「ありがとう、頼むよヒナ」


「ふふん、任せなさい!」


 そう言ってヒナは店内をウロウロしだした……そして残された僕ら。久しぶりにるーたんと二人きりになったな。せっかくだし、彼女について少し聞いてみようかな。


「……なぁ、るーたんって前は他クランとか入ってたのか?」


 聞くとるーたんは身体をくねらせるようにしながら。


「えー、なになにー、私のこと気になるの?」


「仲間としてな……色々謎が多いからさ」


「そっか。まぁ過去の話は好きじゃないけど、慎也くんにならちょっとだけ話してもいいかなって思ってるよ」


 そう言ってるーたんは微笑む。まぁ多少なりとも、僕を信頼してくれてるのかもしれないな……と、ここで注文していた二人分のコーヒーが届いた。僕はそれを口に含みつつ、彼女の言葉を待った……。


「……数年前、私はとあるクランに入ってたの」


「どこの?」


「どうせ知らないだろうから言わない。でも、名前聞いたらみんな『おおー』って驚くくらいのところだよ。親戚の集まりで『学区で一番頭いい学校通ってる』って言ったときの、おばあちゃん達の反応くらいするよ」


「その例えは、僕には分からないんだけどな」


 親戚の集まりとか行かないし……不登校だったし……。


「それでそこにいた子から勧められて、配信も始めて。その時はすっごく楽しかったけど……色んなことが起こっちゃってね。追放されたわけじゃないけど、そこにいるのが耐えられなくなって、クランから抜けちゃったんだ」


「へぇ……」


 ちょっと意外だ。僕は今の図太いるーたんを知ってるから、あまりその様子が想像できないんだよな……もしかしてホントは傷つきやすかったりするのだろうか。もう今は吹っ切れてそうな気はするけれど。


「それで辛かったけど……私には配信があるんだってこと思い出して。配信し続けたんだ。配信してる間は、辛いことも全部忘れられるから」


「そうだったのか」


「……まぁ、今は楽しいからやってるだけだけどねー?」


 るーたんは笑い飛ばして言う。少しだけ彼女のことが分かった気がしたよ。


「ふふっ……じゃあ次は慎也くんの番! 何か話して!」


「いや、別に僕はこれ以上話すことないよ。昔から今までずっと、乃愛のためにエリクサーを探してただけだから……僕ら両親もいないからさ。僕が乃愛を護らなきゃいけないんだよ。たった一人の大切な妹だから……」


「……」


 聞いたるーたんは肘を付いて……ちょっと上目遣いで僕のことを見て。


「…………うん、そっか。慎也くんみたいなお兄ちゃんがいて、きっと乃愛ちゃんも幸せだと思うよ。私も慎也くんみたいなお兄ちゃん欲しかったもん」


「……ありがとな」


「あれ、照れてる?」


「……」


 僕はそれには答えず、再びコーヒーを口にする……はぁ。たまに配信者のるーたんじゃなくて、可愛い女の子のるーたんが出てくるんだよなぁ……ちょっと僕の情緒がおかしくなるから「配信! ギャハハ! 配信!」みたいなアホっぽい感じでいつもいてほしいのに……。


 ……ってか今更だけど、るーたんの本名知らないな。この際だし聞いておこう……と、僕が口を開きかけた瞬間……。


「ねぇ、いたわよ! それっぽい昼寝してる女の子!」


 片手に溢れんばかりのメロンソーダを持ったヒナが、席まで戻って来たのだった。

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