第6話 乃愛ちゃんはお兄ちゃんが大好きなんだね

「断る」


「早っ!? もっとこう独白とか、多少は悩む素振りとかないの!?」


『草』

『草』

『即答だったなwww』

『だが断る』

『かわいい』

『やっぱこいつら相性良いだろww』

『イレギュラー遭遇後とは思えない、日常パート』


 戦闘が終わったるーたんはすっかり普通の女の子に戻ったらしく、子どものように駄々をこねる。そんな彼女の姿を見ながら僕は剣を仕舞い、こう口にして。


「何度も言ってるけど、僕はエリクサーを探すことにしか興味がないんだ。それに今日来たのは、報酬を貰うため……不本意とはいえ配信上で技を見せたんだから、報酬を貰う権利があるはずだ」


「む、むぅ……でも……あ、そうだ! 慎也お兄ちゃんが配信やれば、コメントからエリクサーの情報が手に入るんじゃないかな!?」


「……じゃあ逆に聞くけど。るーたんの配信に、るーたんより強い人っているの?」


 僕がそう聞くと、るーたんは疑問を浮かべるような表情を見せて……。


「えっ? いや……一人か二人はいるんじゃないかな?」


「そんなに少ないなら意味ないよ……僕はエリクサーを探すために、あちこちレベルの高いダンジョンを探索しに行ってる。そんな僕が手に入れられない情報を、視聴者なんかが手に入れてるとは到底思えない」


『草』

『まぁ……』

『それはそう』

『かしこい』

『俺らは配信見てるだけだからなwww』

『コメントの9割はガセだよ』


「それにもしもエリクサーの情報を手に入れた人がいたとしても、配信のコメントに書く人なんて絶対いないだろ? そんな貴重な物、絶対独り占めにしたいはずだ」


「それは……そうかも……?」


『たしかにカーニ』

『押されてるぞ、るーたん!!』

『負けるなるーたん!!!!』

『いやもう勝負ありだよ』

『論破されちゃったァ……』


 それでこれ以上何も言い返せなくなったるーたんは、ただ黙って僕とコメントを交互に見つづけるのだった。


「……もういい? 何もくれないなら帰るけど……」


 僕がそう言うと、るーたんはアイテムボックスから封筒を取り出して……。


「……リアルスパチャするの初めて」


「スパチャって言う割には、すっごい嫌そうな表情してるけどね」


 言いながらそれを受け取ろうとすると……ひょいっとるーたんは、それを僕から遠ざけて。


「…………ねぇ。ねぇ、やっぱもう一回考えてみない!?」


「また……だから僕は何を言われても意思は変わらないって」


「いやっ、ほら! 妹ちゃんもお兄ちゃんの配信見たいかもよ!」


「だから妹の気持ちを代弁するなよ……」


 ……とここで、僕の電話が鳴り響く。妹からの着信だと確信した僕は、ワンコール以内にその電話を取って。


「もしもし?」


『慎也にぃ。とってもかっこよかったよ』


「ああ、ありがとう……」


『ね、なんで配信しないの?』


「いや、だからそれは……」


『おっ』

『いけるか……?』

『押してる押してる!!!』

『頑張れ妹!!!! 負けろ慎也!!!!!』

『妹に弱すぎて草なんよ』


 それで僕を言い負かせると思ったのか、珍しく乃愛は饒舌になって。


『慎也にぃが戦ってるところ、もっとみたい。電話してるときも手が塞がって大変だよね? るーたんが使ってるドローン使ったら、両手使えるよ?』


「いや、お前がそんな心配しなくていいから……」


 ……と、ここで正面にいたるーたんが手を差し出してきて。


「ねぇねぇ! 私に電話変わって!」


「なんでだよ。どうしてお前が妹と……」


『慎也にぃ……るーたんと喋りたい……!』


「え、ええ? いやお前、何を言って……」


『……変わんなかったら、しばらく口聞いてあげない』


「…………へっ?」


『草』

『草』

『草』

『情けない声出すなwwww』

『最強行動きたああああああああ!!!!』

『慎也にぃの唯一の弱点だなww』

『妹、ナイス過ぎる』


 ……なんてこった。ここで電話代わるの嫌だけど、乃愛に無視されるのはもっと嫌だと思ってしまう僕がいるよ。でもここで代わると絶対、乃愛に変なこと吹き込むつもりだし……ああ、僕は、僕はどうすれば…………!!


「クソ……」


 結局僕は乃愛に無視されることを恐れて、嫌々るーたんにスマホを渡すのだった。そしたらるーたんは小悪魔的な笑みを浮かべながら、嬉しそうに声を弾ませて。


「んふふっ、ありがと! ……はい、もしもーし妹ちゃん! るーたんです! お兄ちゃん借りてるよ!」


『わぁ……! 本物のるーたんだ……!』


 スマホ越しから、乃愛の嬉しそうな声が聞こえてくる。……こんな乃愛の声、久々に聞いた気がするな。最後に聞いたのって、いつだったっけ。いつから乃愛は僕に気を使って……感情を表に出すのをやめたっけ。


「うん、本物のるーたんだよ! 今回とーってもお兄ちゃんが活躍してくれたから、妹ちゃんにはるーたんステッカー全種類あげちゃうよ!」


『ほんと……!?』


 るーたんは子どもと接することに慣れてるのか、元気に抑揚をつけて喋る。まるで歌のお姉さんみたいだ。


「それで妹ちゃんに聞くけど……あっ、お名前はなんていうの?」


『えっと……のあ』


 言っちゃったよ。僕と同じ過ち犯してほしくなかったのに。


「うんうん、乃愛ちゃんかー! 良い名前! ねぇねぇ、乃愛ちゃんはお兄ちゃんに配信してほしいなーって思う?」


「ねぇ、言わせようとしてない?」


「あっ、お兄ちゃんは静かにしててください。乃愛ちゃんと話してるので」


「…………」


『草』

『草』

『草』

『かわいそう』

『めちゃくちゃイラついてそうwww』

『もうお兄ちゃん呼び受け入れてない?』


 受け入れてねぇよ。僕のことお兄ちゃんと呼んでいいのは乃愛だけって、何度も言ってるだろ……マジでスマホ取り上げてやろうかな……と思った頃に、乃愛の声が聞こえてきて。


『うん…………のあ、身体が弱くてあまり外にも出れなくて。ずっと退屈で。だから……今日、ダンジョンにいるお兄ちゃん見れて嬉しかった』


「そっか。乃愛ちゃんはお兄ちゃんが大好きなんだね」


「うん」


「…………」


『泣いた』

『良い子や……』

『自分、涙いいっすか?』

『いい妹すぎるだろ!!!』

『なぁ慎也、ウチの妹と交換しないか?』

『というか、慎也お兄ちゃんが必死にエリクサー探してる理由って……』


 それでとあるコメントを読んだのか、僕がエリクサーを探してる理由を察したるーたんは、納得したように手を叩いて。


「あっ、エリクサー探してたのって、そういうことだったんだ!」


「…………別にどうでもいいだろ、理由は」


『そういうことか……』

『お前いいやつだな』

『エリクサー探してることバカにしてごめんな?』

『お、俺も探すわ!!!』

『優しいお兄ちゃんじゃねぇか……』


『でも慎也にぃが目立つの嫌うの知ってる。乗り気じゃないのも分かってる……でも。それでもお兄ちゃんが頑張ってるところ、みんなに見てほしい。それでのあのお兄ちゃん強いんだぞって、みんなに自慢したいから。やってほしいな』


「乃愛……」


「ふふっ……妹ちゃんはご所望みたいだよ、お兄ちゃん?」


 そう言ってるーたんは僕にスマホを返してくる。それを受け取って、僕はもう一度乃愛の心情を確かめてみた。


「乃愛。本当に僕に配信をやってほしいのか?」


「……うん」


「分かった。じゃあやる」


『お』

『え!!』

『うおおおおおおおおおおお!!!!!!!!』

『きたあああああああああああ!!!!!』

『最強シスコン配信者誕生だぁあああああああああああああああ』

『やったああああああああああ』

『神ィ!?』

『ありがとうありがとう』


 その一言でコメント欄は大いに盛り上がる。もちろんやるのは乃愛の為だけど……このるーたんの視聴者も喜んでくれるのは、ちょっとだけ嬉しいかもしれない。


「やったー! 本当にいいの!?」


「ああ……乃愛が進んでやってほしいって言う事、あんまりないからさ。乃愛が喜んでくれるなら……元気になってくれるなら。僕はやるよ。何にもわからないけど」


 すると嬉しそうにるーたんはうんうん頷いて、そのお金が入った封筒をヒラヒラさせながら。


「そっか! 配信のことは私が色々教えるから大丈夫だよー! じゃあこのお金で、配信機材を準備してあげるね!」


「……えっ? それはなんか違くない? お金くれないの?」


「まーまー細かいことはいいいから! ……じゃ、新たなダンジョン配信者の誕生に、乾杯ー!」


 そしてるーたんはそのままアイテムボックスからHP回復ドリンクを取り出して、一気飲みするのだった。おい、僕の分はないんかい。


「まぁ……しばらくはサポートよろしく頼むよ。ダンジョルヨーチューバーさん」


「混ざってる混ざってる」


『草』

『草』

『草』

『草』

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