第3話 僕はネットのおもちゃになりたいわけじゃないんだ

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「ただいまー。遅くなってごめんね」


「……おかえり、慎也にぃ」


 帰るなり玄関まで出迎えてくれたのは、僕の愛しの妹の乃愛。乃愛は10歳の小学5年生で、非常に大人しい性格をしている。顔立ちはお人形さんみたいに整っており、贔屓目に見なくても絶世の美少女と言っても差し支えないだろう。


「やっぱり今日も可愛いね、乃愛」


「ん……」


 そう言うと乃愛は俺に背を向け、とたとたと音を立てながらリビングまで向かう。感情をあまり表に出さない乃愛だけど、照れてるのは丸わかりだ。やっぱり世界一可愛いなぁ、乃愛は……。


 そして僕も手を洗って、食卓へと赴いた。そこにはオムライスが二つ並べられていて……僕がいつも座る席の方には、可愛らしい猫の絵がケチャップで描かれていた。


「わぁー、とっても可愛い……! お兄ちゃん嬉しいよ」


 言いながら僕は席につく。その対面に乃愛も座って、オムライスを食べだした。僕が帰ってくるまで待っていたものだから、きっとお腹が空いていたのだろう……僕はその光景を微笑ましく眺めた後、食卓に飾っている家族写真に視線を移した。


「…………」


 ……前も言ったと思うが、僕らの両親は数年前に事故で二人とも亡くなっている。だから僕は両親の残してくれた家で、妹と二人暮らしをしている。たまに祖母が面倒を見に来てくれるが、基本は二人だけだ。


 それに加えて、乃愛は生まれつき病弱な体質だ。学校に行けないことも多いから、常につきっきりでいたいのだが……エリクサーを探す時間も必要なんだよな。


 だから乃愛が寂しくならないようにと、僕らはダンジョン内でもいつでも電話していいって約束をしている。そして僕はどんな状況だろうと、妹からの電話は絶対に応えると自分ルールを定めているのだ。そのおかげで両手剣だろうと、片手で振り回せるようになったんだけどね。


「…………」


「……ん、乃愛。どうしたの?」


 このタイミングで乃愛が食べる手を止め、僕の方を見ていることに気がついた。こういう時の乃愛は、決まって何かを伝えたい時だ。僕も手を止めて、彼女の言葉を待った……するとこう尋ねてきて。


「……慎也にぃ。ダンジョンで誰かと話してた?」


「ああ……なんか変な人に話しかけられてね。ダンジョン配信者って言ってたけど、なんて言ったっけ……」


「……るーたん」


「えっ?」


 思わず僕は聞き返す。確かそんな感じの名前だった気はするけど……なんで乃愛が知ってるんだ? 電話は繋ぎっぱなしにしていたとはいえ、あんま聞こえなかったと思うんだけど……と、そんな僕の疑問をよそに、乃愛は続けてスマホを見せてきて。


「これ……このチャンネルの人。のあ、チャンネル登録してたから、すぐに分かった」


「ああ、そうなんだ……お兄ちゃん、そういうの疎いから知らなかったよ」


 乃愛がよく動画を見ているのは知っていたが、まさかダンジョン配信というものを見ていたとは思いもしなかった。僕が探索者だから、興味を持ったのだろうか……?


 でも探索者って普通に血とか流すし、容赦なくモンスター殺すし、最悪死ぬこともあるから、あんまり妹には見せたくないのが本音なんだけど……。


「これ慎也にぃ、映ってるよ」


 そして乃愛は『るーたん』の動画を再生して……所定の時間まで飛ばした後、僕に見せつけてきた。確かにそこには、電話しながらヤキトリくんの群れを倒している僕の姿が映っていて……。


「あいつ、こんな近距離で撮影してたのか……」


 どうやら僕が気づく前から潜伏スキルを使って、僕のことを撮影していたようだ……ってか画質すげぇ良いな。今どきのカメラってここまで進化しているのか。


『え、ええ……ねぇ! ちょ、ヤバすぎなんだけど……!! 何者……!?』


 画面の中のるーたんは興奮しながら視聴者に呼びかけている。そしてその時に流れていたコメントだろうか、画面の右側でズラズラっと文字が流れているのが見えて。


『草』

『草』

『意味わかんねぇwwwww』

『なんだコイツ!?』

『通話しながら片手でS級モンスター倒してて草』

『なんで電話してんだよこいつwwww』

『いやこれフェイクだろ? なぁそう言ってくれよ!!』

『一人称お兄ちゃんで草』


「なんかコメント早すぎて全く読めないな……何人見てたんだろう」


「3万人は見てた」


「…………えっ?」


 一瞬、俺の思考は完全に停止する……絶対嘘だと思ってたのに、ガチだったのか? マジで3万人もの人が、あいつの配信を見てたっていうのか……!?


「え、じゃあ僕は3万人の前で、本名を晒したのか……」


「後悔するとこそこなんだ」


「いや、全部後悔してるって」


「ふふ……それでるーたん、今も配信付けてるみたい」


 そして乃愛は画面を切り替えて、現在のるーたんがやっている配信画面を見せてくる。その配信タイトルには『慎也お兄ちゃんの情報求む!!』と書かれていて……。


「…………何してんだコイツ」


「るーたん、また慎也にぃに会いたいって」


「いやいや、冗談言わないでくれよ乃愛……。僕はネットのおもちゃになりたいわけじゃないんだ。目を付けられたことによって、エリクサー探しがやりにくくなる可能性だってあるし……」


 言いつつ、配信を乃愛と一緒に見る。それで画面の中のるーたんは作戦を練っているらしく、どうやって僕と会えるかを視聴者と共に考えていてた。


『はぁー。やっぱり誰も慎也お兄ちゃんのこと知らないかー。あれだけ凄い力持ってたら、誰か知り合いとかいると思ったんだけど……ぼっちなのかな?』


「やかましいわ」


 失礼だなコイツ……まぁ。僕は学校にも行かず、ずっとダンジョンに篭っていたから、友達と呼べるような人物がいないのは事実なんだけどさ。


『それで……みんなは何か思いついたー? 採用された人には、るーたんステッカーあげちゃうよー?』


 なんだそれ……そんなの誰が欲しいんだよ、とか思ってた刹那……乃愛は椅子から勢いよく立ち上がって。


「るーたんステッカー……欲しい……!」


 そして僕が見ていたスマホを奪い取って、何かを入力しようとし始めた。そんな乃愛を僕は止めて……。


「ちょ、ちょっと!? 何するつもりだ、乃愛!?」


「るーたんにコメントする……」


「待て待て、待ってくれ! 乃愛はどっちの味方なの!?」


「のあはいつでも慎也にぃの味方……でもるーたんステッカーは欲しい」


「それは両立出来ないってば!」


 ……で、僕らが配信を見ているとはつゆ知らないるーたんは、呑気に視聴者のコメントを拾い上げていって。


『あー、偽のエリクサー情報を流せばいいのかー! 頭いいー! ……あ、でもそれ嘘だってバレたら絶対殺されちゃうな』


「そらそうだろ……」


 本当にエリクサーのことをコイツに教えるんじゃなかった……。


『ん、賞金をあげる? でもあれだけ強いと、お金には困ってなさそうだけどなー』


「……」


 正直に言うと、お金には困っている。ダンジョン探索者がお金を稼ぐには、ギルドに集まる依頼をこなしていくのが最も効率的だと言われているが……僕はずっとエリクサーを探してるものだから、依頼なんてこなしたことがない。


 適当にモンスターのドロップアイテムを売って、それをお金にはしているが……僕は便利な収集スキルなんてものは持ってないし、そもそも最下層の特殊なアイテムを買い取ってくれる人も少ないから、収入は安定していないのだ。

 

 まぁずっとソロでやってきた僕が、今更仲間を探して、依頼を受けるなんてことは天地がひっくり返ってもやらないだろうけど…………。


『うーん……来たら金一封あげるって言ったら、慎也お兄ちゃん来てくれるかな?』


「行く」


「慎也にぃ……!」

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