第22話 前夜
計画が明日と迫った日の夕食後、カズマはいつものようにアルバータの書斎にワゴンを押して行く。
夜空には光る月が満ちるまであと一歩となっていた。
以前、この世界では満月の夜をルナレーナの夜というのだとアルバータから教わった。ルナレーナの夜はこの世界の言い伝えによると、人の隠れた本性が顕在化し、魔力も増幅されて発揮できるいうことだ。
いつもはアルフレッドと2人だけの時間だが、今日は久しぶりのフレデリックも一緒だ。
重大な局面を迎えている彼らにとって、計画前夜はどんな心持ちなのかは計り知れないが、普段ならムードメーカーを買って出るフレデリックの表情も態度も、いつになく真面目だった。
「どうやら、ギュドスフォーの元には秘密裏に、流通が制限されている薬や大量の麻薬などを集められているようだ。
攫われた子供達と一緒に、隣国のデュラムナリクの、悪評高い貴族に送るつもりらしい」
フレデリックが得た情報によると、決行は明日の、月が1番高くなる深夜らしいということだ。フレデリックがなおも続ける。
「そうなると、護衛も含め馬車が何台にもなるだろう。ルナレーナの力を借りて、目眩しや馬脚に身体強化を最大限にかけて出立しようとしているんだと思う」
考え込みながら聞いていたアルバータが奥歯を噛み締める。
「やはり、奴の目的はデュラムナリクの貴族との結託だ。自分の所の私兵だけでは王に太刀打ちできまい。
これまでにもこうして恩を売り、取り入って来たんだろう。謀反を起こす気だ。」
自分の所にはギュドスフォー家の娘を何とか婚約者にねじ込んでいるが、今世の王はのらりくらりと、ギュドスフォーとの縁戚は結ばずにやり過ごしている。
恐らく、それが謀反の原因だろう。
声に怒りを滲ませながら、アルバータが言った。
ギュドスフォーはアルバータの父の事件の後、ほとぼりが冷めるまでは表面上大人しく政務に携わっていたようだが、ほとぼりが冷めた頃には影で様々な事件に関係してきたと、アルバータが調べ上げていた。
アルバータの父の事件の数年後には、父の弟の3男が行方不明となっている。
その際、ギュドスフォーにも捜査の手が及びそうになったが、ギュドスフォーは自分の身の潔白を証明するのに、自分も被害者だと言い募った。
自分にも幼い男児がいるが、同じように人攫いの手によってかどわかされ、行方がわからなくなっていると。
王族の男児が行方不明となり世間が騒いでいるのに、臣下として自分の悲しみをひた隠し、王族の捜査を優先させ仕えてきた自分を、信じてはいただけないのかと涙ながらに訴えたのだ。
まさかとは思っていたが、今の奴なら王族の子や身内までも犠牲にしかねないと思う。
そして、現在。今まさに、同じように幼い多くの犠牲者を出そうとしていると嗅ぎつけたアルバータは、証拠を手に入れ、事態を未然に防ぎ、ギュドスフォーの一連の悪事を暴くことで、父の復讐を果たすことを目的としてきた。
だが心の内では、ギュドスフォーを目前にして、剣を突き刺さずにいられるか自信がない。
内心を押し隠し、明日の手筈を確認していく。
その時、ザガール男爵を見張っていた、味方の使いから一報が届いた。
届いたばかりの手紙を一読して、アルバータが顔を上げる。
「ザガール男爵の屋敷で動きがある。我々の動きに気づかれたか。それとも決行を早めようとしているのか」
アルバータは苦い口調で言うなり扉に向かい、大声でクリスを呼ぶ。
「クリス、急いで馬車の準備を」
外出の準備をクリスに依頼し、自分は帰宅後に椅子の背にかけたままだった濃い青色の上着を羽織り、帯剣する。
「それなら、私の馬車の方が早い。いつでも出られるよう待機させている」
フレデリックはアルバータを追い抜かし部屋を出ると、階段を先に下りて行った。
カズマも一瞬の迷いの後、2人に付いて走って行く。
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