第21話 嫉妬

 日中よく動き周り仕事をすると、若いカズマは普段、夜は遅くまで起きていられない。

 今日は朝から馬小屋の掃除に駆り出され、干し草を倉庫から運ぶのに何往復もした。すでに眠くなっても良い頃なのに、カズマは何度目かの寝返りを打つ。

 わかっている。原因はアルバータだ。昨日アルバータにキスをされた。

 初キスは彼女とするはずだった。

 彼女はまだいなかったが、予定ではそうだったのである。だいたいアルバータには婚約者がいるのに仕掛けてきた、不誠実だ。

 今日は仕事中も、ソンテが話しかけても上の空だったり、考え込んでしまったりして、馬が外に出されていて良かったと思う。あんな状態で馬の後ろにでも立っていたら、蹴られて死んでしまっていたかもしれない。

 カズマは怒っていたが、実は同じくらい戸惑ってもいる。

 キスの相手がアルバータ様だったのに、男同士であんなことをして、嫌じゃなかったこと、気持ちよく感じてしまった自分に対して。

「俺、実は男が好きだったんだろうか……。でも普通に女の子は可愛かったし、好きだった子もいた。ずっと前だけど」

 独り言が止まらない。

「気持ち良くなったのは、アルバータ様の技術のせいなんじゃないか」

25歳の男の人だもん。色々経験とか。それはそれで悶々とする。

 この世界の恩人で、もちろん嫌いではない。が、ノーマルと思っていた自分が同性のアルバータに?と自分の性自認まで疑いたくなってしまう。

「はぁ……」

 今日は、アルバータに会うのが気まずくて、お茶の時間をすっぽかしてしまった。

 クリスが夕食後のお茶を用意してくれようとした時に、

「今日は、アルバータ様とのお茶の時間はお休みなんです。昨夜たくさん話をしたから、今日の分まで話してしまったね、とアルバータ様から明日はお休みにしようと言われていました」

とバレバレな嘘までついてしまった。

 カズマは、眠るのを諦め、ベッドから出る。

 窓に近づき、空を眺めた。

 中空には、元の世界で見るより遥かに大きな月が出ている。

 月は一部欠けがあるものの真ん丸に限りなく近く太っている。元の世界と月の満ち欠けが同じならば、満月が近いのかなと思った。

 月が大きい分、夜の闇が少ない。まるで日中とまではいかないが、闇夜に紛れての犯罪はこの時期避けるべきだろう。

 その予定はなかったが、そういえば、アルバータが昨日話していた決行の日はいつか聞いていなかった。

 今日、お茶の時間に部屋に行かなかったことで、作戦から外されたくはない。

 あんなことでアルバータを嫌いにはならないし、助けたい気持ちは全く変わっていないからだ。

 明日聞いてみようと、月を見ていた目線を下げると、窓の端の方で、遠くにいる人影があった。

 屋敷の敷地内で、1人で長剣を振り、夜な夜な身体を鍛えているのか、アルバータは。

 じっと見つめていると、人影は高く飛び上がり剣を振るう、横から縦の動きに変わっていたところだった。

 肩や背中、腕や胸、臀部から下肢ににかけた全身の筋肉を伸ばしたり縮めたりしながら、高く跳躍し剣を薙ぎ払う。

 男から見てもかっこいい、惚れ惚れする動きだ。だが、さっきとは違う、飛び上がりでおかしな動きをしていた。

 カズマは部屋の扉を回り、玄関に走った。

 鍵の開いた玄関を通り過ぎて、中庭の奥、アルバータの鍛錬していた辺りを目指す。

 走り近づく自分に気付いたのか、アルバータが動きを止めてカズマが近くに来るのを待ってくれた。

「どうした。寝ていなかったのか。走って来てくれるなど熱烈だな」

 茶化すように冗談を言うなど以前のアルバータにはなかったことだ。

 自分と接してアルバータが変わる事に喜びを感じる。だが今じゃない。

「アルバータ様、足を見せてください。左です」

 アルバータが驚きを見せた後、苦笑する。

 中庭にあるベンチまで手を引き連れて行くと、アルバータを座らせ左足を前に出して貰う。

 パンツの裾がブーツに入っており、生足には到達できないが、 【癒やし】なら使えそうだ。

 先生に教わった内容を思い出しながら、掌を足首に当てる。

「えいっ」

小さく気合いを入れると、当てた右手に温かみを感じた。

「決行の日はいつですか?」

静かに尋ねた。

「怪我していて万全の力で戦えるんですか。

 昨日の事は怒ってます。でも、アルバータ様を助けたい気持ちは変わりません。隠し事はしないでください」

 アルバータはカズマをしっかり見つめる。

「決行は明後日の夜だ。明日の茶の時間に打ち合わせよう。ありがとうカズマ」

 そう言うと、頭を下げる代わりか目を伏せた。


 カズマと階段下で別れて自室に戻ったアルバータは、先程カズマに受けた 【癒やし】を思い出す。正確には 【癒やし】の後に流れてきたカズマの思いだ。

 昨日、アルバータの過去を聞いたカズマが、余りも真剣に自分を思ってくれるのを感じ、手の届く所にいたのをいい事に、つい手を出してしまった。

 一度触れると余りの可愛さに欲張ってしまい、驚かせてしまったが、昨日の自分とのキスについて、カズマに悪感情はない事は喜ばしい。

 しかし、そこではない。

 以前の 【癒やし】の授業と今回、両方とも同じ人物だった。

 いつの事なのか、こちらの世界の状況で、カズマの手首の傷を優しく撫でる、カズマと同年代の黒髪の背の高い男。

 そいつへのカズマの気持ちはいったい何だ。

 そして、自分が感じている、胸が掻き毟られるように苦しくなるこの感情は。

 初めて己の心に感じる嫉妬という感情に、アルバータは戸惑っていた。

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