第20話 アルバータとの…

 その日の夕食後のお茶の時間、アルバータの表情が、いつもとどことなく違い、機嫌が悪いような気がした。

「何かあったの?俺で良ければ聞くけど。ほら俺、この世界の柵(しがらみ)がないから」

 アルバータはカズマの目をじっと見つめる。

「カズマ凄いね。私の機嫌までわかるようになるとは。隠し事はできないね。」

 当たってた。またお節介だったらどうしようと思っていたカズマはホッとして、お茶を置き身体全体で聞く体勢を取る。

 アルバータは話しにくそうにしながらも、意を決したのかゆっくり話し始めた。

「前にお願いしたいことがあると言ったんだが覚えているか」

「もちろん。話してくれるのを待っていたよ」

 アルバータは困ったように眉を動かし、でも唇だけで笑った。

「ありがとう。少し込み入った話ではあるんだが」

 アルバータが順を追い、時間をかけて話してくれた内容は、俺の想像を超えていた。


 アルバータのお父さんが王様のお兄さんだったこと。

 幼少期に何者かによってアルバータが拉致されそうになり、助けようとしたお父さんが殺されたこと。

 実行犯が死に、指示した者を当時捕まえられなかったこと。

 その後も王命により捜索は続いたが、指示した者は結局突き止められていないこと。

 アルバータは公爵となり力を蓄え、犯人を捕まえようと動いていたこと。

 ここへ来てやっと犯人の目星がついたが、有力貴族のため、確かな証拠を突きつける必要があること。

 そのためには危ない橋ではあるが、ずいぶん前からフレデリックと計画を練っており、信用できる人に魔法を使って加勢してもらいたかったこと。

 そこにカズマが現れ魔法まで使えるようになったことで期待が生まれたこと。

 自分の都合でカズマを巻き込んで良いのかと葛藤していたと、心の内までも曝け出してくれた。

 アルバータは一息ついて冷めた紅茶で喉を潤した後、カップを戻す。

 いつの間にか、身を乗り出すように話を聞いていたカズマは、アルバータの紅茶を飲む仕草が目の前にあることで距離のあまりの近さを知り、元の姿勢に戻ろうとした。

  アルバータの右手がふいに動きカズマの左手を取る。まるで戻るなと言わんばかりに、グイっと自分の方へカズマの身体を引き寄せた。

 テーブルの上のカップソーサーがぶつかって音を立てる。

 さっきよりも近いアルバータの顔が目の前にある。

 カズマは真剣な瞳で自分を見つめるアルバータから目が離せなかった。

 今までどんな苦労をして来たんだろう。

 これまで聞いてきた公爵の仕事だけでも大変だったろうに。

 心に傷を追い、うなされる原因になったのは、自分を庇い亡くなったお父さんへの思いの大きさからなんだろうか。

 この人にはこれ以上、辛い思いをしてほしくない。

 この美しい顔には華やかな笑顔が似合う筈だ。

 これまでどれだけの時間を費やしてチャンスを狙って来たんだろう。

 手伝いたい。俺にできることならば。

 俺が手伝うことで、アルバータに笑顔が取り戻せるなら。


「やるよ、俺」

 2人の目がしっかりと合い、視線が交差する。

 見つめ合う時間が永遠に続くかと思った時、アルバータが心持ち目を伏せ口を開く。

「そうじゃない。そうではないんだ。

 カズマを危ない目に合わせたくなくて、昨日までは伝えないことにしようと決めていたんだ。

 だが、今日ギュドスフォー家の使いが来て、カズマに婚約者の存在を知られて動揺した」

 クスッとカズマが目を細め、本当に可笑しそうに笑う。

「アルバータでも動揺するの?しかも婚約者を俺に知られたくらいで?」


 束の間の沈黙があった。

「本当にわからないのか、私の気持ちが」


 アルバータの、いつもより低い声が甘く聞こえた瞬間、これ以上近づくことはないだろうと思っていた端正な顔が更に近づき、アルバータの空いている左手がカズマの顎を引くようにすくい上げた。

 アルバータの、横にスッと広がった、程よい厚みの唇が、カズマの唇の上に軽く触れる。

「え」

 カズマがつい驚きの声を上げてできた唇の隙間に、アルバータの舌先がヌルッと侵入し柔らかさを伝えてきた。

 慌てて閉じようとするカズマの唇の間には、既に舌先ではない厚みが蠢きながら侵入しており、齧って傷つけてしまうことを一瞬躊躇する。

 躊躇いに好機とばかり、アルバータの唇が更に繋がろうとカズマの唇を喰むかのように深く重なり合う。

「んっ」

 カズマは右掌でアルバータの胸を押し返そうと力を入れたが、硬い胸板に吸い込まれるだけでビクともしない。

 右掌の抵抗が効かないことで、今度は腕の力で押し返そうと無意識にアルバータの胸に前腕を押し付ける。

 アルバータに掴まれたままの左腕は動かしようもなく、2人の間のティーテーブルの上ではカチャカチャと陶器が音を立てていた。

 その間にもカズマの口腔に押し入ったアルバータの舌先は奥へと進み、歯列の裏側をなぞり上顎をなでる。

 カズマは背筋に走るゾクッとした感覚を生まれて初めて味わっていたが、突然の出来事に認識できていない。

 腕だけで抵抗の意思は示しているが他はアルバータのなすがままだ。

 上顎を這い、官能を引き出すように移動していたアルバータの舌は、両頬の裏を堪能してからいよいよカズマの舌をみつけ絡んでいく。追いかける舌と逃げようともがく舌がもつれ合い、カズマの口の中から響く濡れた音が、アルバータを煽っていった。

 カズマは羞恥に震え、深い口づけの息苦しさで、次第に顔が紅潮していく。

 アルバータは一度首の傾きを変えてから、薄く閉じていた瞼を開く。名残惜しそうに最後にもう1度、唇を深く重ねると、やがてカズマから離れていった。

 カズマは放心したようにその場から動けないでいたが、ハッと我に帰ると

「アルバータのバカー」と叫んだまま扉から走り出て行った。

 お茶の片付けはいつ思い出すかな、とアルバータは目尻を下げ口角を上げて笑う。

 カズマは貴重な姿を見逃してしまっていた。 

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