第18話 魔法習得

 アルバータ公爵、こちらへお願いできますか」

 今日の授業では途中から、忙しいはずのアルバータが応接室の隅にある椅子に座り見学している。すぐに気付いたカズマは恥ずかしいから嫌だと、先生にはこっそりと伝えてみたんだけど、スポンサーだからと一蹴された。

 呼ばれたアルバータは椅子から優雅に立ち上がり、長い足でいつの間にか近くまで来ている。先生の掌で指し示すソファへゆっくりと座る。

 ただ座っているだけで気品があるな、とカズマは見惚れてしまった。

 ハッと我に帰りレスターを見る。見学どころか、術の被験者にさせる気ですか、先生。

 さぁレッスンとばかりに先生の説明が始まる。この世界では紙は羊皮紙が主流だし、ペンは羽ペンか万年筆だ。

 使い慣れないからと講義では書かずに、毎回頭で意味を理解し覚えるよう、真剣に聞いている。

 「癒やしの魔法を掛ける時は、対象が身体か心に怪我や病気を患っている状態です。魔法を掛ける際や途中で、その重症度によって何処まで回復させるのか、自分で判断しなければなりません。

【癒やし】は魔力の消耗がとても激しく、術者の命を脅かすこともあるからです」

 カズマが先生の目をしっかり見つめて頷いたのを見て、先生が続ける。

「また、【癒やし】は生のあるものにしか使えません。生きていないものには何であれ効力がありません。命は尊いのです」

「はい」心に刻み込む。

「さぁ実際に公爵の左手の指にある、剣で切れた傷を治療させていただきましょう」

 座るアルバータの前に進み向かい合わせに立つと、目線が自分の方が高い。目線が合うように幾分屈み、アルバータの左手の先が見えるよう、自分の左掌に乗せてもらう。

 先生は呪文を唱えるとの事だが、カズマは自分の中の癒やしの力を右手の指先から放出するイメージを作る。

「えい」「ハァー、えい!」

 魔導師のレスターがよしと、及第点をくれる。

 これで6属性目の風魔法を修得した。

「それにしても、毎回気の抜けるそんな掛け声でよく術を繰り出せていますね」

 最初に魔力を溜めるイメージと、術を一点に集中させるのに、自分にこの掛け声が合っているようだと気付いてからは、ずっとこれを使っている。

「今は正しく術を繰り出せる事が大事なので、自分に合った掛け声を使うのは、非常に良い考えです…ふふふ」

 笑ってるじゃないですか。

「そのうち、掛け声がなくても自然にできるようになりますよ。

 魔法で怖いのは使い方を誤る事ですが、他にも目標がずれてしまったり、威力が暴走してしまわないように注意する事が大切です。

 小さい子は威力も小さいうちから失敗して覚えていくものですが、カズマは、いい大人ですからね。理性を持って律してください」

 何だかんだ言いながらも、素人の俺に飴と鞭で魔法を修得させていく手腕は凄い。素直に返事をする。

「7属性目は【癒やし】です。最後の集大成ですが、難しくはありません。今までの6属性全ての応用ですから。


 目標物である指先は目の前にあるので小さく掛け声をかけ、右手指で傷を撫でた。

[チク]

 傷はあっという間に塞がりどこにあったのかさえわからなくなった。

「良くできました。これが【癒やし】です。これで一通りの基礎だけは修得されました。これからは応用しながらの実践練習となります。カズマは属性も魔力も多いですが、何度も言いますが枯渇には充分注意するように。命に関わりますよ」

「ありがとうございます、先生」

「アルバータ様も指を貸してくれてありがとう」

何かを考え込んでいたらしいアルバータは、ハッとして先生にお礼を伝える。

 その後、レスターをお茶に誘い、公爵らしく先生と社交界の噂話などをしていた。


 カズマはといえば、右手で自分の胸の辺りに手を当てる。癒やしの魔法を掛けた時、何故だかわからないが、あの暗い倉庫でカズマの手首にできた擦過傷を、優しく撫でた浩輔を思い出しチクッと心が痛んだ。何故だったんだろう。

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