第16話 お茶の時間

 魔法の修得は自分のためでもあったのに、頼みごとがあると言ったアルバータに、代わりにアルバータのことを教えて欲しいと条件を出してしまった。

 何しちゃっているんだろう俺。

 カズマは自分の無鉄砲さに呆れる。

 だって、うなされていた原因があるなら、取り除いてぐっすり眠れるようになればいい。

 つい、そう思ってしまったんだ。

 というわけで毎日、夕食後のお茶の時間は、アルバータの書斎か部屋にお邪魔することになった。

 うなされた原因を直球で聞く程、カズマも無神経ではない。

 デリケートなことかもわからないので世間話をするつもりだ。


 ノックをして返事を待つ。


 お茶の支度はクリスがしてくれたので、ワゴンで運び、注ぐだけがカズマの役目だ。

 カップに注ぐ練習はクリスに付き合ってもらった。

 クリスが紅茶を茶葉から淹れる手順が興味深く、今度は最初から教わろうと目論んでいる。


 アルバータが自ら扉を開けてくれる。

 書斎のソファに長い足を組みゆったり座ったアルバータの前で、練習の成果を披露する。

 自分の分も同じようにしてつぎ、向かいに座る。

 気まずい。

 

「何が知りたい」

 気まず過ぎて、余計なことを口走りそうな自分が怖いカズマは、慌てて紅茶を一口飲んだ。

「何でもいいですよ。アルバータ様にはこうしてお屋敷に住まわせて貰って、庭仕事とかもやらせて貰えて感謝してるんです。それに、買い物に行った時にお小遣いをもらったうえに、後でお給金までいただいてしまいました。」

 日頃の感謝をこの機会に伝えてみる。

「そんなアルバータ様のことを噂話だけじゃなく、本人の口から聞きたいなって思っただけですから」

 実は買い物の日にクリスに渡されていた銀貨は、攫われたせいで使わずじまいだった。

 帰宅した後、クリスに布袋ごと返そうとしたら、働いた対価だからと更に同じ銀貨を5枚と小金貨1枚を布袋に追加してくれたのだ。

 正直、こちらの貨幣通貨はよくわからないが、これからもこの世界で暮らすつもりなら、お金のことこそ最初に交渉するべきだったし、勉強も必要だった。

 クリスにもお礼を言って受け取ったが、アルバータにお礼が遅くなったことを詫びたかった。

「改めて、本当にありがとうございます」

 頭を下げてアルバータに心を込めてお礼を伝える。

 アルバータは左手にソーサーと右手のカップを持ったまま、カズマを見て固まった。

「屋敷で働くものに手当を支払うのは当然のことだ」

 公爵を継ぎ領地経営をして、そこで働く者達の生活を守ることが貴族として当たり前だと思ってきた。

 今までも領民や屋敷で働く者達にお礼を言われることは多くあったが、何故だろう。

 カズマにこうしてお礼を言われると、心が温かくなる気がするのは。

「もう良い。わかったから顔を上げろ」

 ふいっと今まで見つめていたカズマの頭から目を逸らし、アルバータが言う。

「で、知りたいことは何だ」

「知りたいというか、世間話でもと思っただけです。俺、働きながらロンやソンテと世間話するんですけど、アルバータ様の年齢も、職業は公爵様って知ってますけど、異世界から来ている俺には、どんなことをしているのか全くピンと来ないんです。

 何が好きでどんなことに興味があるのかとか、何にも知らないんですよ。」

 勢い込んで話すこげ茶色のカズマの目が、ただでさえ大きいのに、より大きく見開いてアルバータを見つめている。

 目を合わせていると吸い込まれそうな錯覚さえ覚えるほどだ。

 だが、嫌じゃないのは何故なんだろう。

 カズマと最初に会った時から、カズマを見ていると心を動かされている自分に驚く。

 異世界にたった1人降り立ち、孤独な状況にも挫けない前向きな性格が、父と母を亡くし1人で生きてきた自分に重なるからだろうか。

 話してみたい、カズマのことを知りたいと思っているのは私の方だと気づく。

「私の歳は25だ。カズマはいくつだ」

「俺は18歳です。アルバータ様はその歳で領主様なんでしょう。凄いですね。どんな仕事なんですか、領主様って」

 簡単にではあるが、貴族の階級についてや普段領主としてやっていることを説明してやる。

 もちろん、言えないことは聞かせる必要はない。

「カズマは学生だったな。私はその歳にはすでに領主だった」

 凄いだろう、尊敬するだろうと、今まで思ったことがないような浅ましい考えをする自分に気づく。

 若くして公爵家を継ぎ、地位に擦り寄る貴族たちは、思ってもいない上辺だけの言葉で自分を誉めそやした。

 反吐が出ると思って生きてきた。

 しかし、顔には出さずこちらも表面上の付き合いをすれば良いだけのこと。

 貴族同士の繋がりを断つことはできないし、社交界の交流でしか得られない情報がある。

 これまでの私には情報が必要だった。

 それが何故だ。このようにちっぽけで、異世界から来た同性の少年に好ましく思われたいだなんて思っているのは。

「えー公爵様って雲の上の人じゃないですか。

 俺なんかが一緒にお茶しちゃダメなんじゃないの、ですか」 

「そんなことはない。いつの時代も上に立つ者は、色んな価値観を学ぶべきだ。

 カズマの生きてきた世界では、貴族階級はなかったのか?」

「うん。昔はあったし、同じ世界の他所の国では今もあった。

 俺の国では建前では、皆平等ってことになってるけど、実際は残っている部分もあるんじゃないかな。旧華族とか呼ばれる人もいたし。

 でも、肩書きより本質だよねっていう意識にはなっていると思うよあっ、思います」

「良い。階級のない世界から来たんだ。私との関係も無礼講といこう。

 今日のところはざっとこんなところだが、カズマは違う世界から来たんだから、知らないことも多いだろうし、学びたいことがあるなら教師をつけてやるが」

 カズマは目の前で両手を振って断った。

 そんな仕草まで微笑ましく、まだ見ていたいと思う。

 アルバータは今まで、生きる世界は心から面白いと思うこともなく、悲しみも感じないと思っていた。

 自分の凍った心が、カズマを前にすると融かされていくのを感じている。

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