第11話 浩輔の幼少期
「待って。置いて行かないで父上」
そう言って追いかけているのは幼い浩輔だ。
父親と父の片腕の秘書の後ろ姿が遠く離れて行く。
何度思い出したかわからない、遠い昔の記憶であり、思い出すたびに新しい記憶として心に刻み込まれていく。
侯爵家の4男として生まれ、不自由はない生活だった。
ただ、衣食住を与えられているだけで、父母や兄姉達はそれぞれ自分のことで忙しく、当時ルーカスという名前の俺は、いつも1人ぼっちだった。
俺が側室の子であり実母が亡くなっていたこととも関係があったんだろう。
そんな境遇でも救いはあるもので、メイド達に不憫に思われ気遣われ、何とか病気もせず、すくすくと元気な男の子に育ったのだった。
5歳のあの日も、いつものように1人で庭で遊んでいた。
いつもは行かない、敷地内にある薪小屋になぜ行こうと思ったのかはわからない。
もしかしたら、あの時から引き寄せられていたのかもしれないと言ったら、ロマンチックすぎるだろうか。
薪小屋には錠が下りていたが、風を通すための窓がついている。中をを覗いて見ると、自分より小さい男の子が、積まれた薪の山の間で、床に小さく丸まって眠っていた。
午後からもう1度訪れてみると、その子は起きてパンを食べていた。
「こんにちは。きみはだれ?」
小さな俺が話しかけた時、小さい男の子は円らな瞳で見つめてきた。
可愛かった。生まれて初めて、可愛いものに出会った。
それから仲良くなった俺たちは、夕方まで話をした。
次の日とその次の日も窓越しに会えた。
でも、食事を運んで来た父の秘書に見つかってしまった。
俺は、そうして森の中の誰もいない狩猟小屋へ連れて来られ、置き去りにされた。
父はあの時、俺を殺す気だったんだと思う。
何もできない5歳の子を森に1人置き去りにするんだから。
浩輔が今いる場所は、ラグハルト国とデュラムナリク国を隔てている深い森の中だ。
その森のラグハルト側が我が父の領地の一部になっていた。今は森の両出口には、両国の国境警備隊が配備され、お互い睨みを効かせている。
国境が今よりもデュラムナリク側にあった遠い昔に作られた、石造りで丈夫な狩猟小屋が、今の浩輔の隠れ家だ。
父と秘書が自分を置いて去った、辛い思い出のある古い小屋だが、別の思い出のある場所でもある。
カズマと一緒に行った図書館にあった穴。あれを見た時、武者震いした。
これと同じ穴を覚えていた。
幼い自分は、置いて行った父達には結局追いつけずに狩猟小屋の前に戻って来た。
5歳の俺は他にどこへ行けばいいのかわからなかった。大きい月が出るまでただ立ち尽くしていたんだと思う。
すると突然地面が突然光り、薪小屋の可愛いあの子と、初めて見るマント姿の男の人が現れた。
その子が俺の手を引いて一緒に行こうと誘ってくれたんだ。探したよ、とも言ってくれた。
その日は、その年のルナレーナの日だった。
俺はまだ魔法の授業は習いたてだったけど、3人で手を繋いで輪になって、男の人が呪文を唱えた。
「さあ、行きなさい」
男の人は、苦しそうに額から汗を流して、それだけ言って2人の手を離した。
この子は自分が守らなきゃと思ったから、繋いだ手が離れないように固く握りしめて穴に飛び込んだ。
カズマの記憶は無くなってたみたいだけど、俺は覚えていた。
だから、図書館であの穴を見た時、カズマが穴に落ちるなら俺も行って守らなきゃと身体が自然に動いてた。
こっちの世界に戻って来たはいいが、カズマはどうしているんだろうと、まずはカズマを探そうと思った。
闇雲に探しても見つかるわけがないが、頼れる人もいない。
知っている場所で安全そうなのはここだけだと狩猟小屋にひとまず落ち着いた。
すると早速来客があった。
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