第12話 アルバータの苦しみ
王城で魔力の検査を受けてから、カズマは日中の仕事をあまりさせてもらえなくなった。
庭仕事や馬の世話や掃除は勿論、仕事を振ってくれていた下働き仲間からは
「今は手が足りてるから」とか
「こんな事は自分たちがやりますから」など、遠慮されたり妙に気遣われてしまっている。
突然異世界に来てしまい、帰る方法がわからない自分には、忙しく働いてこそ夜は何も考えず眠れていたようだ。
身体の疲れのないまま夜が来ても、元いた世界に帰れるのか、今後どうしたら良いのかを考えてしまい眠れない。
早めにベッドに入った後も、アルバータに聞いてみようか、クリスに聞いてみたら教えてもらえるかな、と寝返りを打ちながら、思い悩む。
それにあの水晶のような魔道具のこともだ。
魔法も使えないのにあんなに色取りどりに光っていたのは、どういうことだろう。
「あーやめだやめだ」
水でも飲んで気分を変えようと、ベッドから降りて部屋を出た。
台所で水を飲み、部屋へ戻るために暗い廊下を進む。廊下には所々歩くのに差し支えない程度の常夜灯が灯っている。
電気がないこの世界の魔法に感心しながら、しんと寝静まった広い屋敷内の階段近くに差し掛かった時、2階の方から何か声がしたような気がした。
2階はアルバータの続き部屋と、来客のための客室がある。
客がいない現在はアルバータしかいないはず。
泥棒?
階段の下から暗い上階を見つめ、一旦は気のせいと思い込もうとしたものの、気になって仕方がない。
意を決して、音を立てないように階段を上がり出した。
アルバータの部屋は廊下に面した書斎の更に奥の突き当たりにあり、廊下からも書斎からも行き来ができる扉がある。
部屋に近づくに連れて、聞こえているのはアルバータの魘される声だと気付いた。
引き返そうか突き当たりの部屋の前で束の間逡巡する。
静けさの中に、時折苦しそうな唸り声に悲しみ涙ぐむ声が混じると、カズマは居ても立ってもいられなくなり、扉を静かに押してみる。
聞こえていた声が大きくなり、慌てて扉を細く開け、室内に滑り込んだ。
窓からの月明かりと壁の常夜灯でほの暗い部屋を、声のする方に恐る恐る近づく。
薄い布が天井から下がったベッドに、うなされながらも夢の世界から戻って来られないアルバータがいた。
カズマはベッドの周りの布を捲って進み、アルバータの胸の横に跪く。
綺麗な顔が苦しそうに歪み、閉じたまつ毛の縁が光っている。
男らしい手が豪華な刺繍の入った上掛けをきつく握り締めていた。
カズマは、幼い頃母がしてくれたように、アルバータの胸のあたりをトントンとゆったりとしたリズムで優しく叩いた。
しばらく続けるとアルバータの声が小さくなり、やがて呼吸も安定してくる。
もう大丈夫そう。
ホッとしたカズマが、見つからないうちに部屋を出ようと、アルバータの胸に置いた手を離し、立ち上がった瞬間、健やかに眠っていたはずのアルバータの手に手首を掴まれた。
一瞬何が起こったのか分からないまま、カズマはベッドに仰向けに転がされる。
蒼白な端正な顔が目の前にあった。
アルバータの金髪がはらはらっと顔に落ち、髪の隙間から暗い青の瞳がカズマを見つめている。
「……カズマだったか。何故此処にいる」
寝起きで掠れた声で問われるが、心臓がドキドキして直ぐには答えれない。
「……うなされていたので……」
そう返答するのがやっとだった。
「…あぁ」眉が寄り口を引き結んだアルバータは、手を離し立ち上がり顔を背けた。
「出て行け」
カズマは慌てて起き上がり、小走りに扉へ向かう。
そのまま気付いたら自分のベッドに腰掛け、まだ激しく打ち鳴らす胸の鼓動を両手で押さえていた。
部屋までどう戻ったのかもわからなかった。
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