第8話 再会
朝食を終えると、クリスが呼びに来た。
今日は、屋敷での仕事は休んでこの世界で初めて街に出る。
着の身着のままでこの世界に来て、最初に支給された衣服などでは色々足りない物が出てきた。
クリスが気を回してアルバータに了承を得てくれたらしく、支払いの心配も要らないと言ってくれた。
心細いだろうからと、執事の仕事も忙しいだろうに付き添いも申し出てくれたのだ。
「付き添いは今回だけですよ。次回からは1人でも行けるようになって下さいね。最近は人攫いも出るらしいからね」とウィンクされるが子供じゃない。
初めての外出にウキウキが止まらない俺は元気に返事と感謝を伝え、クリスと共にアルバータ家の馬車に乗り込んだ。
いつもの目線より少し高い風景に、アルバータの屋敷に来た時を思い出す。馬車はあの時以来だ。
その前にフレデリックの馬に同乗させて貰った時は、今より更に高い位置だった。フレデリックの両腕に挟まれ、馬の揺れも相まって、緊張で景色どころではなかった。
この世界に着いたばかりで混乱と不安しかなかったが、今の生活にも慣れてきた。
元の世界に戻る方法は未だ見つからず、元の世界の家族や浩輔は俺を心配しているだろう。自分のこの先への不安もある。
だが、とカズマは考えを振り払う。今出来る事を頑張ろうと頭を切り替えた。
馬車の窓から眺める街並みは物珍しく、通り沿いの店、歩く人々など、カズマの目には全てが新しい。
なのに、何故か懐かしくもあることが不思議だった。
あっという間に目的地に到着し馬車を降りる。必要な店がわりと固まっている地区だとクリスが説明してくれる。
「今後、買い出しをお願いすることもあるだろうから」
と、通りの名前や目当ての店の場所も教えてもらい、カズマはキョロキョロしながらクリスに付いて歩いた。
何軒かクリスの顔見知りの店で、カズマの衣服や下着、雑貨などを見繕い、クリスが支払い、品物を纏めて貰っていた。
先に店から出たカズマは、広めの通りの向かいから美味しそうな匂いがしているのに惹かれる。食べ物の出店のようだ。
「クリスさん、すぐ戻るから」
と、店先から会計中のクリスに声をかけ駆け出す。
今朝出がけに、小遣いだと銀貨を1枚布袋に入れて渡されていたし、買い食いにも抵抗はない。ごく普通の男子高校生だったカズマの食欲は、朝食後だというのに底なしだ。
「カズマ?」
何やら後ろからクリスの声は聞こえていたが、既に路を渡り始めていたカズマの意識は通りの向かいに飛んでいた。
もうすぐ渡りきる時、出店の横から急に出て来た男にぶつかりそうになる。日本人特有の、人混みでもぶつからないスキルを舐めんなよ。
避けた筈のカズマは、次の瞬間には同じ側に移動していた男とぶつかっていた。しまったと思う間もなく、小さく振りかぶった男の手刀により首に衝撃があり、視界が暗転した。
気付いたら暗い床に横たわっていた。
後ろ手に縛られ足首にも紐がかかっている。
幸い首の痛みはさほどでもなく、辺りを見回すのに頭を動かせたが、木の床に直接寝転んでいたので肩の方が痛い。
「えぇ、どうしよう」
ここは一体どこだろう。何故自分がこんな目に合うのかわからない。誰かと間違われているのだろうか。
頭に疑問がいくつも浮かぶ。
気付いたら別の場所というのは経験済みだが、今回は意識を失う前にぶつかった男が原因だろうし、悪意を感じる。
屋敷を出る前に、今日は自分から離れないようにとクリスに言われていた。
自分の不甲斐なさにカズマは唇を嚙みしめる。
辺りを見まわし、積み重ねられた箱がいくつかの山になっている倉庫のような場所らしいことはわかったが、自分のいる場所に勿論見覚えはないし見当もつかない。
悪い奴に連れ去られ、異世界で奴隷として何処かに売られるんだろうか。
元の世界に戻る方法を探そうと思っていたのに、もう家族にも浩輔にも会えなくなる。
悪い想像がとめどなく溢れそうになってくる。
「だめだ」と慌てて打ち消し、まずはここから出なくてはと、何とか気持ちを奮い立たせた。
同じ空間に誰もいないことを確認すると、縛っている紐を緩めようと身じろぎした。
手首の紐は緩まないがブーツを履く足首の方が少し緩んだ。
だが、外すことはできずに擦れた手首が痛い。
緩んだ足を少しずつ動かし、何度か失敗しながらも何とか座る事ができた。
このまま壁に寄り掛かって立ち上がろうと思った時、戸の開閉音がし、床から足音が響き近付いてきた。
まずい。
カズマはもう一度床に横たわり、目を瞑った。
カズマのいる場所の隣の部屋で椅子を引く音がしたが、また靴音が近付いてくる。鍵を回す音と木製の扉が軋んで開く音が少し離れた所から聞こえた。
カズマが意識を取り戻していない事を確認したのだろう、逆回転の同じ音がした後、隣の部屋の椅子に座った音を最後に静かになった。
カズマはそっと瞼を開けて考える。扉に鍵がかかり、隣の部屋には見張りが1人。
逃げられない。
殺されたくはないけど、すぐに殺さないところを見るとやはり何処かに売られそうだ。
その時、隣の部屋で男の声がする。
「誰だ。何処から入った。何だお前は。何をする、やめろ」
さっきは1人の足音しかしなかったが、誰かと話している。
耳を澄ますが相手の声は聞こえない。
そのうち椅子の足が引き摺られる音や、入り乱れる足音がいっぺんにしたかと思うと、ドサっと重い物が床に落ちる音がした。
今度は目を開けて見ていたカズマは、鍵を開け入ってきた男の顔が、扉の向こうの明るさで見えた時、夢かと思った。
男はこちらの世界の、上等だが動きやすそうな服を着ていたが、見間違えるはずがない。
元の世界で最後に一緒だった、幼馴染の浩輔だった。
「浩輔か?本当に浩輔なのか」
思わず声が震える。
「お前も図書館の穴に落ちたのか?あぁ良かった、ゴメンだけど、1人じゃなくて安心した」
心底、安堵し話すカズマに、浩輔は何を考えているか読めない顔で無言で近づき、屈む。
カズマの顔を数秒じっと見つめた後、腰のベルトに付けていた短剣を徐に抜き、まず手首、続いて足首の紐を切ってくれた。
縛られていたカズマの両手首を引き寄せ、確認するように観察する。
紐で擦れた傷を見つけると、痛まし気に優しくひと撫でし、唇をつけた。
「おいっ」焦って手を引こうとするが、両手首の少し上をしっかり掴まれていて外れない。
そのまま両手で腕を引っ張り上げ、立たせてくれた。
何も話さない浩輔に、人違いだったかと不安になりかけた時、真剣な表情をした浩輔が口を開く。
「今日俺に会った事は忘れろ、いいな」
一言だけそう聞こえた。
聞こえてはいるが意味がわからない。
「何言ってんだ浩輔。何でここに来たんだ。偶然か?でもさ、来てくれて助かった」
聞き間違いかとも思い、話しかけるが、それきり浩輔はまた話さなくなった。
浩輔に片腕を引っ張られるまま、扉を通る。男がうつ伏せに倒れているのを横目に、部屋から外へと連れ出された時には、腕は離され浩輔はもう何処にもいなくなっていた。
本当は追いかけたかったが、浩輔の先程の一言を思い出し、唇を噛む。
まだ陽が明るいなかを、自分から身を隠すように居なくなったのだ。
何か事情があるんだろう。
カズマは、気持ちを振り切るようにその場から離れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます