第5話 取り調べ
連れて来られた先は、18年間生きてきて初めて見る、塔のある巨大な城のような立派な建物のある一画だった。
一画と言ってはいけない気持ちになるその周囲を、石でできた堅牢な塀に囲われており、カズマの知識でも城門だろうと推察できる。
門番の検問から中世の城のような建物の入り口までは結構な距離があり、城門内部の広さに圧倒された。
このまま正面の建物にあるだろう、豪華な客室に連れて行かれると思い込んでいたカズマだったが、建物には入らず途中で右に折れ、別の建物に連れて来られた。
此処へ来る前、腕を取られ引っ張って行かれたのは、2人が乗ってきた馬を繋留していた道沿いだった。 黒い艶々した馬に金髪の男がヒラリと跨り、芦毛の大きな馬に銀髪の男が跨る。
自分はどうすれば良いかわからずにいると、銀髪の男に呼ばれ、馬上から伸ばされた腕に引っ張って乗せられた。芦毛の馬に2人乗りで城まで連れて来られている。
初めて乗る馬からの目線はとても高く、自動車と違い不安定に揺れるため、最初は恐怖で体を硬くしていた。
慣れてくると腹の横で手綱を握る銀髪の男の手がカズマを両側から支えるシートベルトのようで安心感がある。落ちる心配は無さそうだと腹を決める。
馬上から街行く人々を眺めながら、見れば見る程見慣れぬ風景や行き交う人々の暮らし振りと、言葉が通じるようになった経緯が【言語魔法】だと先程聞いた内容から、カズマはどうやら自分は異世界にいるらしいと気が付いた。
図書館のあの穴がこちらの世界に繋がっていたということだろうか。
元の世界に帰りたいが、方法がわからない。
そして、頼る人もいないこの地で、知らない場所に連れて行かれる状況に、自分のこれからがどうなるのか不安を感じずにはいられなかった。
連れて来られた石造りの建物には、いくつか部屋があるようで、隣の部屋からも微かに人の出入りが感じられる。
カズマが入れられた部屋には、殺風景な真ん中に、簡素な木のテーブルがあった。
傍らに同じく木の椅子が2脚あり、部屋の奥の方の椅子に座るよう促されたカズマは、大人しく従った。
「何者だ、貴様」
向かいの椅子に背筋を伸ばし座った金髪の男が、モデルのような配置の顔立ちから表情を削ぎ落とし、冷たく睨みながらカズマに詰問してきた。
金髪の男の位置より一歩下がった入り口側の横には銀髪の男が立ったまま、カズマを見下ろしていた。
カズマは取り調べのような扱われ方に心細さを感じながらも、気丈に答える。
「俺は日本の高校生です。信じられないかもしれませんが、図書館の突然できた穴に引き込まれて、気付いたら先程の場所に倒れていました。
俺だって信じられないけど、夢じゃなければ全部本当のことなんです」
馬上で揺られている間、自分の手の甲や顔を何度も抓ってみたりもした。
残念ながら現実のことらしいと理解したからには、信じてもらうしかない。
第一カズマとて気付いたらこの地にいたわけで、説明も先程から話すことの繰り返しになる。
時折2人から質問が挟まるが、カズマに答えられることは少なく、分かりませんと返答する方が多かった。それでも少しでも状況を改善させたい。
「要するに、こことは違う言語や習慣のあるニホンという国の学生だった君は、蔵書の豊富な図書館の床から、この地に降りたった訳だね?
では、近隣のバリュース国やデュラムナリク国とは何ら関わりはないと。
この国の貴族どころか庶民にも知り合いはおらず、頼れる当てもないわけだ。
ところで、君は何属性の魔法が使えるんだい」
銀髪の男が理解した要点を簡潔に纏め、質問を挟んだ。
来た。魔法かよ。カズマは今度はこっちの番とばかりに質問を返す。
「まずは、あなた方はどういった方々なんでしょう。連れて来られたのが王城でびっくりしています。ここは一体何処ですか。魔法が存在する、俺がいたのと違う世界なんですか?」
質問のチャンスとばかりに一気に話すと、喉が張り付き咽せてしまう。
入り口近くにいた銀髪の男がカズマに近寄り背中をさすってくれた。
金髪の男は右手を挙げ、その手を机近くに下ろしたかと思うと、何もなかった空間には陶器製のマグカップに並々と注がれた水らしきものが現れた。
「飲め」
人に命令し慣れた口調で水を与えられる。
カズマは咽せて嗄れた声で礼を言い、一気に飲み干す。
「はぁ、生き返ったー」
金髪の男が一瞬面白そうにカズマを眺めた気がしたが、すぐに元のしかめ面をし、銀髪の男に目で合図をした。
「此処は、マリノス・ラグハルト王が治めるラグハルト公国です。こちらの方はアルバータ・ルクシュワ様、私は側近でフレデリック・ノルデンスと申します」
銀髪の男改め、フレデリックが答える。
名前を聞いて初めてフレデリックの容姿に目がいった。 20代半ばの落ち着きがある話し方と、涼しげな顔立ちにピンと伸びた背筋をし、カズマを馬上に引っ張り上げ、しっかり支えらる鍛え上げられた身体つきをしている事に気づく。
対して金髪のアルバータはフレデリックよりもほんの少し若そうだ。上背はフレデリックより高く、肩幅もあり筋肉質に見える。意思の強そうな眉に鼻筋が通り、厚すぎない唇がバランス良く配置された、どこから見てもイケメンである。
これで愛想が良ければね、と思わずにはいられないほど最初から不機嫌そうなのが残念だ。
「転生者ですね。この者の処遇はいかが致しましょう」
フレデリックが伺いをたてると、アルバータが一拍思案した後に告げる。
「疑いが去った訳ではないが、丸腰で貧弱そうだ。何かしでかす気概も感じられん。城門から放してやれ」
カズマは持っていたカップを慌ててテーブルに戻し、縋る目でアルバータに訴える。
「待ってください。元の世界に帰れる方法が見つからない今、俺は放り出されても生きていけません。せめて住む家とか、仕事とかどうにかなりませんか」
まさか放り出されるとは。思いもよらない自体に必死になる。
アルバータは鋭い目をカズマに向けた。
「甘いな。そんな細い身体で一体何ができるんだ」
確かに、生きてきた世界では部活もせず受験生特有の勉強三昧な生活で、楽しみはゲームというインドアな暮らしを送っていた。これと言った誇れるものが何もない。
身体つきから見ても、鍛えていそうな2人から見たら半分の細さに感じられるだろう。
でも知らない土地で知り合いもおらず、お金もスマホもない生活なんてできるわけがない。
このまま放り出されては一大事とばかり、必死で頼み込む。
何せ頼れそうなのはこの人達だけだ。
「何でもしますから、アルバータさんかフレデリックさんのお宅で、住み込みで働かせてもらえませんか」
「まぁまぁ、アルバータ様。違う世界の人とはいえ放り出すなんて可哀想じゃありませんか。こんな可愛いらしい顔をしている子を虐めないでください。」
言いながらフレデリックがカズマの顔をするっと撫でた。
カズマは可愛いと言われ、顔を撫でられた事に驚き、鳥肌を立てる。
常識がわからない世界だからこそ、自分の身は自分で守らないと。
本能で身の危険を感じ、アルバータを説得する方向性を定めた。
「俺アルバータ様に雇って貰いたいです。小間使いでも雑用でも何でもやります。よろしくお願いします」
立ち上がり90度に頭を下げて右手を差し出した。フレデリックは目尻を下げて含み笑いをし、アルバータは額を抑えて天井を仰ぎ見た。
結局カズマの手は握ってもらえなかったものの、何とかアルバータの自宅に付いて行くことが許されたのだった。
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