第3話 図書館

 週末、浩輔の家庭教師が風邪をひき、SNSで呟いたら、カズマの通う塾が設備不具合により急遽休みとの連絡があったらしい。

 図書館で勉強するべく最寄り駅前で待ち合わせた。

 昨夜は夢見が悪かった。大きな丸い月に追いかけられる夢を見た。偶に見ることがある夢でもあり、夢占いでもした方が良いんだろうか。

 そんな事を思い出すでもなく考えていた。

「待たせたか?すまん」

「いや、来たばっか。行こうぜ」

 並んで歩き出す。

 浩輔は無彩色の個性的なシャツを羽織り、ブラックジーンズに白いスニーカー姿で待ち合わせに現れた。いつものことだが、道行く女子が振り返って見ている。

 浩輔より3分前に到着していたカズマも似たり寄ったりではあるが、シャツは薄い水色ベースでチノパン、濃紺に白いマークの入ったスニーカーだ。

 天気が良く気に入った靴が履けて気分がいい。

 2人が向かう中央図書館は、自宅と学校の間にあり、比較的規模が大きく座席数も多い。

 図書館では、並んで空いている席を確保した。 後は殆ど話さずに各々の自習に取り組む。

 カズマは、2時間程集中して問題集を解き一区切りつくと、浩輔はまだ集中している。

 そういえば休憩や昼食のことを相談していなかった。

 まだ長文読解に取り組んでいる浩輔が、キリの良い所まで進められるまでの時間に見当をつけ、カズマは時間を潰すために席を立った。

 図書館もコミックスコーナー作れば良いのに。そしたら満喫になっちゃうか。

 成績も似たり寄ったりで、2人とも受験する大学は合格圏内と言われている。

 読書も嫌いではないため、本のタイトルを何となく眺めながら、天井まで本で埋め尽くされた通路を進んでいった。

 時折興味の惹かれる本があると、表紙を見るために触れてみるものの、本棚から抜き出すまでには至らない。

 いつの間にか、利用者が誰もいない一番奥の通路に辿り着いていた。

「そろそろ浩輔も俺がいない事に気付いたかな」

 昼飯は来る途中にあったハンバーガーにしようとあたりをつけ、カズマは来た路を戻ろうと振り返った。

 本棚に挟まれた、たった今歩いていた通路の床に、あるはずのない穴が広がっている。

 一歩でも踏み出したら穴に落ちそうな光景に、カズマは目を見開いた。

「えっ?なんだこれ」

 見えているのに頭が理解できない。

 床の穴からはまぶしい白い光が溢れ出していて、穴の中がどうなっているか全く見えない。

通路の両側に立つ本棚ギリギリまで、穴は幅があり、向こう側は穴から出ている光によって霞んでいる。

「え、あっちには人が居たはず」


 地震で陥没?いやいや揺れてないし、大きな音もしない。

そういや、誰もこの状況に気付いてないのか?大声を出したら誰か来てくれるだろうか。

 この期に及んで、図書館ではお静かにのフレーズが頭を掠める。俺ってつくづく気が小さい。

 どうしたら良いのか、未だ信じられない目の前の白昼夢のような光景に途方に暮れていると、

 「カズマ?いるのか?」

 浩輔の声が穴の向こう側から聞こえた。

 助かった、と聞き慣れた浩輔の声に我知らずホッとする。

「浩輔ここだ、1番奥にいる。何なんだよ、この穴。誰か呼んで来てくれないか。浩輔も落ちるなよ」

 いつもの調子を取り戻し、思ったよりもはっきりとした声が出た。

「ケガはないか?1人か?カズマ」

 緊張した声だ。昔から浩輔はカズマのこととなると過保護だった。

今も穴の向こうで、普段見られない情けない顔で焦っているに違いない。

「大丈夫だから、早く人呼んできてくれ」

 安心させるようそう答えると、

「動くなよ。何かに掴まっ…」

 おかしい。いつもは語尾まできちんと話す浩輔の声が、徐々に聞こえなり、最後は聞こえなくなる。急にカズマは不安に襲われる。

 きっと人を呼びに行ってくれたんだ、そう思い込む事で、恐怖に埋め尽くされてしまいそうな自らの心を叱咤する。

 その時、今まで白一色だった足元の穴からの光が、まるで台風の目のような渦を巻き始めた。強い力でカズマの身体だけを穴に引き摺り込もうとする。

「うわー、何だよ。チクショウ」

 悪態を吐きながら必死に横の本棚に縋り付く。

 棚板に掴まってはみたものの、カズマの体重を持ち上げる程の風の強さには耐えきれず、最後の砦の指先が本棚から離れると、カズマの身体と叫び声はぽっかりと開いた白い穴の中へ吸い込まれて行った。

 不思議な事にカズマが吸い込まれた穴は、目的を達したとでもいうように、外側から徐々に元のリノリウムの床に戻っていく。

 最後の穴が閉じた時には、あれ程眩しかった光も消え、本棚には整然と並んだ本があるだけの、何事もなかったかのような図書館の静けさが残っていた。

 

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