最終話 ミリオンデッターズ

駐車場に、1台のタクシーが入ってきた。

降りてきたのは、サングラスをかけた高身長の男だ。長いブロンドの髪を束ね、背中には黒いギターケースが見えている。

反対側のドアからは、スーツを着た30代ほどの女性が出てきた。

2人が並んで関係者出入口の前までやってくると、菅原はペコリと一礼する。

「ようこそお越しくださいました、パーカー殿。この度は私の主催するバンドフェスティバルにご後援いただき、誠にありがとうございます。ささ、VIPの控室にご案内いたしますぞ。」

パーカーは腰を折って体勢を低くし、サングラスをかけたまま暫く菅原を舐め回すように物色した。

「Damn…」

「…え?今何と…?」

慌てて隣の女性がフォローする。

「『案内してください』と仰っています…!」

菅原は「そうですか」と納得すると、2人を連れて建物の中に入っていく。

「今回の出演者たちは、私のコネクションでかき集めた選りすぐりのバンドばかりです。中でも、今日ラストを飾る”キメラ”という団体は、国内のあらゆるコンテスト優勝者たちを集めた、新進気鋭の有望株なのですよ。パーカー殿には是非彼らのプレイをご覧いただいて、今後もよしなにお付き合いいただければと…。」

「………。」

女性が耳元で菅原の言葉を通訳するが、パーカーは何も答えない。

廊下の最奥にある『VIP』と書かれた楽屋の前に着くと、菅原はドアを開けて2人を中に招き入れた。

「それでは、開演までごゆったりとお過ごしください。何かございましたら、私にご用命くだされば幸いです。どうぞよろしくお願いします。」


丁寧に外からドアを閉め直すと、菅原は階段を上って、エントリー窓口に向かう。

上階では、今回出演する参加者たちが、既にロビーで群がっていた。

「それではご参加の皆様、こちらの窓口にお並びください。団体名とメンバーの確認が済んだチームから、それぞれの楽屋にご案内します。」

菅原はそう言うと、わらわらと列をなすプレイヤーたちを、受付の脇から満足そうに眺めていた。


どのチームも、国内で活躍している優秀なグループだ。1月前に突然エントリーしてきた知らない名前のバンドが1つあったが、イサムの紹介ということで参加を許してやった。まあ、キメラのダシになってくれるなら、それもいいだろう。出演順を見て後悔するがいい。


参加者たちはそれぞれ窓口で手続きを済ませ、係員について階下の楽屋に連れられていく。

列が終わりまで来ると、最後に並んでいた連中が悠々と挨拶をしてきた。

「よお、菅原プロデューサー。首尾は順調か?」

イサムが受付のテーブルに肘を掛ける。

「全て上手くいっている。パーカーに認められれば、これからお前たちは世界一のプロモーションを受けられるだろう。私も音楽業界にビジネスの足掛かりができる。WIN-WINだ。くれぐれもミスをやらかさないでくれたまえよ。」

「なーに言ってんだ。俺達を誰だと思ってやがる。なあ、カズ。」

本条は相変わらず黙っている。

菅原はイサムの言葉を聞くと満足そうに髭を撫で、自分の楽屋に戻っていった。

手続きをしていたキーボードのミナトが楽屋の番号札とタイムシートを受け取ったそのとき、ロビーのドアが開いて、息を切らした騒がしい男たちが突入してきた。


「あぶねーっ!間に合った!」





俺たちはロビーの時計を確認して安堵する。

「だから当日の朝練はやめとけって言ったじゃねえか!」

「だって、やれることはやらねえと不安だろ!」

「遅刻しちゃ意味ないよ…。」

「まあまあ、間に合ったんだからその辺で…。」

4人はゼェゼェ言いながら受付にやってくると、冷たい目で様子を伺っている敵チームに気が付いた。

「あ、オサムじゃん。」

「イサムだ!勇者の勇でイサム!」

名前を覚えられていないことが癪に障ったのか、他の3人も戦隊モノのように名乗り出す。

「キーボードのミナトです。」

「ドラムのエマよ。」

「ベースのリョウだよ。」

最後にイサムがクールにまとめる。

「そしてギターのカズ。頭文字を取って、K.I.M.E.R.(α)だ!」

俺はまだ整わない息で質問した。

「αは?」

「いいんだよそこは!」

往年の茶番劇を横で見ていた本条は、顔をそむけてクッと笑った。

「お前たち、ちゃんと練習はしてきたのか?」

「バッチリな。死ぬほど頑張って、とりあえず当時の全盛期ぐらいには戻ってるぜ。」

「そうか。ならもう俺はお前たちとリハーサルはしない。舞台袖で待っている。」

本条がそう言い残して楽屋へ降りていくと、残りのメンバーたちはそれぞれに安い捨てセリフを吐きながら消えていった。

俺たちは気を取り直して窓口で受付を済ませる。

「では、こちらが本日のタイムシートとなります。よく確認して、余裕を持って行動してくださいね。」

俺は手渡された進行表を見て、顔をしかめた。

「うげっ…。午後5時って聞いてたけど、これケツから2番目だ。あいつらの1コ前!」

「俺達をダシにしてラストを引き立てる作戦みてえだな。薄汚え主催者だぜ。」

そう言ってジョニーが横から覗き込んでくると、あることに気付いてすぐ声を上げた。

「…おい、アキラ。なんだこのバンド名は。なんでわざわざ名前変えてエントリーしたんだよ。」

「だって俺達はもう、”億万長者”じゃないだろ?」





午後1時。各団体のリハーサルが終わり、フェスティバルの幕が上がった。2000人の観客たちに向けたド派手なウェルカムステージが終わると、主催者の開演宣言が始まる。

「ご来場の皆様!本日は新進気鋭のミュージシャンたちによるバンドフェスティバルへようこそ!堅苦しいお話は抜きにしまして、さっそくアツいステージの数々をお楽しみいただきましょう!それでは第一グループは『WINDワインド- WINDウィンド』です!」

ウェルカムを行ったチームがそのまま次の曲を演奏し始めると、観客たちは大きな拍手を送る。

菅原はその音響を背に、野外ステージを降りて楽屋のある地下へ戻っていった。

ひとまずキメラのコンディションをチェックして、それからすぐ、客席にいるパーカーの接待をしなければならない。

楽屋へ向かう廊下の途中、菅原はケータリングコーナーでくつろぐメンバーの姿を発見した。

「おお、お前たち。ここにいたか。パーカーへの挨拶はちゃんと済ませたかね?」

「ああ、一応な…。カズ以外は中に入れてもらえなかったけど…。」

「うむ…そうか…。カズくん、パーカーはこのバンドについて何と言っていた?」

「…何も。俺は通訳を通して、少しをしただけだ。」

「昔話…?」

そのとき、菅原は後ろから肩を叩かれて振り向いた。先ほどまで客席でパーカーの隣にいたはずの通訳だ。廊下に出るよう指で合図している。

「…何かパーカー殿が仰いましたかな…?」

「あの…それが……。」





「ちょっとお前たち、ケータリングそんなに持ってくるなって…!貧乏くさいだろ…。」

苦笑するコボの前に、俺とスワンがチョコレートの入ったビニール袋をドサッと置いた。

「だって…貧乏なんだもん。」

「そうだぜ。ジョニー銀行のツケも溜ってんだ俺たちは。」

ジョニーはやれやれと首を振る。

「お前ら揃って俺から金たかりやがって。おかげでこっちもジリ貧だぜ…。」

「こん中じゃお前が一番金持ちなんだから仕方ないだろ。おかげで練習のスタジオ代と引越し費用もなんとかできた。」

スワンはチョコレートを1つ摘みながら言った。

「それじゃアキラ、もうタコ部屋の2人とはお別れを済ませたんだね。」

「…ああ。もうあいつらは自分の希望を見つけた。今度は俺の番だ。」

そう呟く俺を見て、3人は優しく微笑んだ。

「きっと上手くいくよ。そうに決まってる。」

「そうさ。俺達ならなんとかなる。」

「ブチかましてやろうぜ。」

俺は仲間たちの顔を見て涙をこらえた。

「…よし、あいつらがビビって次に演奏できなくなるぐらい、会場を沸かしてやるぞ!」

そのとき、楽屋のドアがコンコンとノックされ、係員の男性が申し訳なさそうに入ってきた。

「あの…ご歓談中すいません。ちょっと緊急事態が……。」





………午後5時。



「盛り上がってるか〜!」

「イエーイ!!」

「バンドメンバーを紹介するぜ!ギターのカズ!ボーカルのイサム!キーボードのミナト!ドラムのエマ!ベースのリョウ!5人合わせて……KIMER(α)キメラ!!」

「イエーイ!!」


俺達は、自分たちが乗るはずだったステージを、舞台袖から唖然として見つめていた。

「………なんで?」

「知らん。」

ジョニーはパイプ椅子をギィといわせて座ると、楽屋から持ってきたチョコレートを食い始めた。

ステージでは1曲、また1曲と華麗なパフォーマンスが繰り広げられていく。

時を忘れるような圧巻の45分が終わると、連中は黄色い声援に包まれながら、汗を滴らせて舞台袖に帰ってきた。

「…どうだお前ら…!ハァ…ハァ…果たしてこの後にプレイできるかな…?」

「いや、なんか立場替わったな。」

「うるせえ!なんで順番が替わったのか知らねえが、せいぜいステージ上がってビビりやがれ!」

俺達がウォームアップを始めると、イサムは垂れてきた前髪をかきあげて喚いた。

「今日のライブにはなあ、あの世界最高のギタリスト、”伝説の巨匠”ダニエル・パーカーが来てるんだ!数多くの国で社会現象を巻き起こすほどのファンクラブを生み出し、なおかつ全く人に媚びない孤高の狼!その並外れた才能で幾千のフロアを沸かし、””とさえ揶揄される程の高みへ辿り着いた…そのパーカーだ!」

俺たちはそれを聞いて、顔を見合わせた。

「…ああ、なんだ。パーカー来てんのか。」

「終わったらメシ奢ってもらおうぜ。」

「俺、寿司がいいな!」

「会場の外に焼き肉もあったよ。」

イサムは目を見開いてたじろいだ。

「お前ら…何言ってんだ…?パーカーは一般人と話さない!メシなんて奢ってもらえるわけあるか!」

「いや、そんなこと言われてもな…。前回は奢ってもらったし…。」

「ハァ!?」

俺は2年前の光景を思い出しながら顎を掻いた。

「なんかのライブの後に楽屋まで来てよ、メチャクチャ指導されたけど、その後上機嫌でバイキング連れてってくれたんだ。俺たち、意外と褒められてなかった?」

それを聞いて、コボが苦笑する。

「誰も英語分かんなくて、『ミラクル』と『コンビネーション』しか聴き取れなかったんだよね…。」

「………!!」

そろそろ出番だ。俺たちが一列に並ぶと、本条がその横にやってきた。

「本条、疲れたのか?」

「俺はどのステージにも手は抜かない。お前たちとも。」

イサムは慄いて一本後ずさった。

「…まさか………お前らがあの”ミリオンダラーズ”なのか……?」

俺は首だけを傾けて、肩越しに言った。

「違えよ。もう改名した。」


ステージの照明が再び上がる。

司会者がマイクで叫ぶ。

「バンドフェスティバル!”伝説の巨匠”ダニエル・パーカーによって急遽ラストに選出されたのは、無名の新星!”億万”『MILLION DEBTERSミリオンデッターズ』だあ〜!!」



演奏が始まり、イサムは舞台袖で釘付けになった。

そう、あれは2年前…。

どこの国でも誰にも媚びない、絶対に音楽に妥協しない、あのダニエル・パーカーが、SNSに1枚の写真を投稿した。いつも風景写真しか撮らない彼が、日本の飲食店で5人のバンドマンと笑顔で収まっていた。当時ファンたちを騒がせたその投稿には、こう書かれていたのだ。

『”MILLION DOLLARS, a miraculous combination of souls”』と。

思えばそう、あの5人は確かにあいつらだった。

そんな……そんなことが……。



アキラは、5人が生み出す音の渦と会場の熱気で、何か自分の感覚がおかしくなっていくことに気が付いた。

頭がぼーっとする。体が自分のものじゃないみたいだ。でも、怖くはない。冷静になる必要はない。このまま行っていい。不思議とそれが分かった。

そのとき、歌詞の合間で隣にいた本条と目が合う。


あ……。


ああ、そうか。そういうことだったのか。

本条、お前はずっと、ここで俺を待ってくれていたんだな。


あの日、積み上げた全てを失って、俺たちは迷子になった。今まで歩いてきた道を見失って、どこへ向かえばいいのか分からなくなった。

だけどお前は、お前だけは最初からずっと一人で、あの道の前で待っていたんだ。

俺が魂の欠片を集めて戻って来るのを、ずっと。


俺とお前はずっとそうだった。


お前の音は俺の耳に繋がる。そして俺の耳は、脳と心を通して声帯に繋がっている。


最後は必ずお前が導いてくれるから、俺は自由に歌えた。どこにでも旅ができた。


……俺にはもう見える。きっと本条にも、この景色が見えている。


今、旅を終えて集結した5人の燃えるような魂たちが再び一つになって、もっと大きく、強く、激しい炎に変わっていく……。



そしてアキラは肺いっぱいに空気を吸い込み、マイクに向かって叫んだ。

















「借金なんて知るかーーー!!!!」














意味も分からず大盛りあがりする客席の中で、菅原はうろたえる。

「こんな…こんなはずでは…!」

その隣でパーカーは1つ、笑みをたたえて呟いた。



「……I knew it (やっぱりな)」










EPILOGUEエピローグ








楽屋のドアが開くと、一人の女の子が入ってきた。

「お久しぶりです皆さん。」

「おお!マネージャー!2年ぶりじゃん!」

俺たち5人はわらわらと彼女の周りに集まる。

「来てくれたのか!元気してた?」

「はい、受付のお手伝いに来ました。それより皆さんこそ、あの状態からよく戻って来られましたね…。」

ジョニーは苦笑いしながら答える。

「戻ったっつーか、借金の返済先が変わっただけだがな…。」

「だが、もうお前たちも余計なことはしなくて良くなった。これからは練習だけしていればいい。」

本条がそう言うと、スワンが同意する。

「ほんとだよ…。もうビジネスはコリゴリ…。」

コボは手を叩いて皆を仕切り直す。

「さ、とりあえずこの旗揚げ公演が返済の第一歩だ。パーカーに見放されたら、また2億円の負債を突き返されるぞ。皆、ちゃんと集客はしてきたか?」

俺はニヤリと笑って返す。

「当たり前だ。俺たちの人脈をありったけかき集めたんだからな!」

「みんな来てくれるかなあ…。」

「呼べば来るさ。あいつらは、俺たちが必死になってここまで辿り着いた証だ。さあ、そろそろ行くぞお前ら!」





「ワン、ツー...」

暗闇の中でドラムスティックの小気味よいカウントが響く。

「ワン・ツー・スリー・フォー!」

ステージが一斉にライトアップされ、オーディエンスが歓声を上げる。冒頭から度肝を抜くようなソロを華麗に見せつけるギタリスト。あっという間にすべての人間を釘付けにしたヤツは、イントロが終わる直前、マイクを握りしめた俺を試すかのように視線を投げてきた。俺はニヤリと笑みを返すと、軽く息を吸ってから歌い出す。


「『壊れかけた夢という枷を

負って俺達はどこを彷徨う

世界に敗れ泥水を吸っても

何故立ち上がる?何故前を向く?

ROADLESS 見失ったあの道も 

決してあそこで終わりじゃなかった

いつか必ずまた歩き出す 

あの場所へ そして今度はその向こうへ


再び帰ると交わした約束

たとえ頭が無理だと言っても

愛が呼び合うその結末を

誰が知る? 何が邪魔する?

ROADLESS 見失ったあの道は

いつもあそこで待っていたんだ

これでもう一度歩き出せる

この場所から そして今度はこの向こうへ…!』」



「アキラー!!」

客席の最前列では、三木くんと翔吾が歓声を上げている。

「小堀さーん!」

手を振っている真紀と千尋にコボが微笑みを返すと、後ろの秋山さんがそれよりデカい声で叫んだ。

「小堀先輩!カッコイイっ!!」

三木くんの横にいた小畑くんは、かつての姿からは考えられない声量で声を張る。

「ジョニーさん!!」

翔吾の隣に座っていた愛衣も、華奢な声で必死にエールを送る。

「スワンさん!」

やや遠巻きに陣取るKIMERα戦隊(K抜き)は、意外にもノリノリで野次をとばした。

「お前ら!カズを返せ〜!」

「カズ!もっと笑顔で!!」

その他にも何やらかんやら、見知ったような顔ぶれやかつてのフォロワーたちが並び、総勢100名を越える人々が集まってくれた。

俺たちはパーカーが肩代わりしてくれた借金を返すため、これからも奮闘することになるだろう。だけどもう、俺たちは大丈夫だ。

未来にどんな波乱が訪れたとしても、俺たちはいつでもまた、一緒に乗り越えていける。



「みんな、センキューーー!!!!」






「……あら?ステージは見ていかれないんですか?」

「…いい。花束だけ預かってくれ。」

「そうですか。差出人のお名前はどうしましょう?」

「…いらねえ。」

男はそれだけ言い残すと、会場を後にした。

タバコは切らしていた。代わりにメンソールガムを懐から出す。



アキラ、希望を持って生きろ。

仲間を一生大事にしろ。

おめえの翼で、どこまでも飛んでみせろ。



空は夕焼けに現れ始めた星々が入り混じり、きらきらと輝いていた。






【ミリオンデッターズ 〜完〜】

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ミリオンデッターズ 野志浪 @yashirou

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