スワン編
第13話 お茶会
「あ~!もう!あいつが来てるとは思わないじゃん!ラリーの後、ボスと台湾に行ってるのかと思ってたのにっ!」
エリカはゴンッ!とテーブルを叩いた。
「エリー、そもそもあなたのアテンドが悪いですよ。ゲストの弱点を引き出すところまで成功したのですから、あとは理論派である私の部下にAを引き継ぎさせれば良かったでしょう。京本もいたわけですから。」
「礼司は別のABCがあるって聞いてたの!…優花に一旦戻すべきだったよお。」
ヤマトは親指の甲で眼鏡を押し上げた。
「そもそも、あなたの力ならそのままでも押し切れたはずです。勝てると思えば必ず勝てる。それが”猛攻のチーター”が誇る、狩りの真髄なのですから。」
「…Bの三木くんが何故か途中で喋らなくなってさ。『ちょっと厳しいかも』って思っちゃったんだよね。ちょっと彼にもケアが必要かな?」
「組織が拡大してくれば、一人ひとりに対する支配力は甘くなります。油断していると、連鎖的に根こそぎ持っていかれますよ。私のようにね。」
「…そうだね。そろそろあいつ、何とかしなきゃいけないよ。どうしてボスがあれを側に置いてるのか分からないけど、剛が不安定な今、実質私たち2人が要になってるから。こっちは別件でまた一人持っていかれた。」
「ボスの真意は私にも図りかねますが…一度、腹をくくって行動を起こさなければならないようですね。下手をすれば大きな損害が出ますが、癌を排除できるならやむを得ないでしょう。」
コンコン、とミーティングルームのドアが鳴った。
「藤崎です。入室してもよろしいでしょうか?」
「はいはーい!どうぞ~!」
エリカが声色を変えて応えると、藤崎は「失礼します」と言って中に入ってきた。
「あっ、ヤマトさんもおいででしたか。重要な会議中、お邪魔してすみません。」
「いいえ、お邪魔したのは私の方です。あなたが来るまで少しエリーをお借りしていただけですので。私は仕事に戻ります。それでは。」
ヤマトは部屋を出ていった。
「やっほー藤崎くん!お元気かな!調子はどお?」
*
「うっ!クソマズいじゃねえか!なんだこれは!」
ジョニーは俺が作ったアルファプラス水溶液を一口飲んで、すぐに返してきた。
「ジョニーくん…”完全食”…って知ってるかな?これを飲めば、えー…体内の細胞が、なんか……すごく活性化する。」
「オカルトみてえなセールスをやめろ。俺は要らん。会社にバレないように、自費購入分は裏ルートで転売してやる。」
俺たちがわいわい遊んでいると、エレベーターからコボが上がってきた。
「おお、ジョニー!結局入ってくれたんだな。」
ジョニーはコボの座るスペースを空けた。
「まあな。どうせ俺の仕事はほとんどスマホいじってるだけだ。ヒマな時間はお前らと遊んでやるよ。…ていうかな、こんなちゃんとしたサロンがあるなら、それを先に説明しろ。マルチは会社非公認の闇組織も多い。公式のオフィスを持ってるってだけで、ある程度まともな組織であることはアピールできるだろうが。」
「た…確かに…。」
「とりあえず、俺は今自分がやってる仕事で顧客リストを大量に持ってるから、勧誘候補自体には事欠かない。金に困ってるやつらばかりだから、ビジネスに興味があるやつもいるだろう。高額案件に手を出してくる連中に話をして、ここに連れてくりゃ何とかなるかもな。だが、俺が東京で”愛用者”としてのターゲットを探すのは困難だ。そのへんはコボに全部任せるぞ。」
「なんか…図らずもビジネスの戦力が揃ってきたな…。」
俺がそう呟くと、コボは何か思い出したようだ。
「そうだった。アキラ、今日タコ部屋に翔吾はいる?この間の合コンで俺が話した女の子たち、うちの会社よりRELIFEの化粧品の方が好きだって言ってたから、もう一度営業かけていいか聞こうと思ったんだけど…メールが返ってこないんだ。」
「あー。あいつ、今朝早くから家出ていったよ。デートがあるとか言ってウキウキで。メールとか見てないんじゃねえの?」
「そうか…。まあ、彼女らは俺たちのゲストじゃないしね。タイミングはあいつに任せるとしようか。相当苦労したんだけどなあ…。」
そのとき、テーブルの脇から声がした。
「お疲れさま。さすがセールスマンだね。」
見ると、白石さんと藤崎さんが並んで立っていた。
「白石さん!先日はありがとうございました。お陰で、こいつ仲間になりました。」
ジョニーは「よっ」と片手で挨拶した。
「良かった。上手くいったんだね。小畑くんの方は残念だったけど、彼は今回のアポのお陰で自分の夢を思い出せたみたい。人を幸せにできる勧誘だったなら、私も嬉しいよ!」
白石さんは無邪気な笑顔を振りまいた。
藤崎さんは隣のテーブルをくっつけながら謝った。
「すみません白石さん。言ってくれたら僕も何か手伝えたんですが…。最近仕事が忙しくて、頼りにしてもらえませんでしたね…。」
「いえいえ。私の方が歳下ですけど、SDとしてみんなを助ける責任が大きいですから。」
彼女はそう言いながら、何故かまた俺のアルファプラスを見つめている。
俺は2人に語りかけた。
「そういえば、藤崎さんはラリー以来ですね。今日はお二人でミーティングですか?」
「ううん、違うの。私が藤崎さんに用事があって、エリカさんの部屋から出てくるのをずっと待ってたんだよ。」
藤崎さんは頭をポリポリと搔いた。
「ちょっと今、個人的に友志の会と折り合いが悪くなってましてね…。関西連にいる山口組の同僚と連携して、間接的に仲を取り持ってもらおうかと…。」
「何かやらかしたんですか?」
俺が問い詰めると、藤崎さんはお茶を濁した。
「まあ…ちょっとこの辺は長くなるし、プライベートな話なので…。それより、白石さんは僕に何の用件でしたか?」
白石さんは椅子に座ると、自分の鞄からZIP袋を一つ取り出した。ジョニーは見覚えのある物体に、すぐ反応した。
「あんたそれ、合コンに来てた女が小畑に渡したもんだな?」
「そう。ちゃんと見てたんだね。私が小畑くんにお願いして、ABCの日に回収したの。」
藤崎さんはそれを見て、なぜか嫌そうな顔をしている。
「これ、”紅茶”だそうですが、明らかにティーバッグではありません。RELIFEの製品にも同じように、直接水に溶かせるものがありますけど、全部こんな感じの茶色です。」
そう言って、白石さんは俺のアルファプラスを横から掴み、藤崎さんの前に差し出した。
「…私は一度だけ、藤崎さんがこの粉と同じ、えんじ色の液体を飲んでいるのを見たことがあります。これは一体何なんですか?」
俺たちが注目すると、藤崎さんは「う〜ん」と唸って天を仰ぎ、しばらくして観念したように座り直した。
「その女性、『お茶会』の構成員ですね…。」
「お茶会……?」
「昔、MLMという産業が日本に浸透し始めたばかりのころ、法規制が今よりも緩くて、かなり乱暴なビジネス組織があちこちにのさばっていました。必要としていない人たちに無理やり商品を売りつけるのは茶飯事で、当時かなり問題にはなっていたのですが…。」
藤崎さんはコップを俺に返してきた。
「さらに厄介なのは、”お金”と”夢”を取り扱うこのビジネスが、”カルト団体”と恐ろしいほどの親和性を持っていたことでした。人生に絶望した人が行き着く先は、精神世界…目に見えないものです。そこである男は、思想の版図拡大には人員が必要であること、人員の拡大には、物質的なお金の繋がりが非常に有効的であることを結び付けました。そうして水面下で成長した、MLM業界一の闇組織が、”代表代理”
藤崎さんは説明を続ける。
「自分から喜んで献金する人たちを規制することはできない…。実際、彼らが”幸せ”を掴むために投げたお金が全部トップに吸われていても、組織はそのおかげで存続できる。組織が存続できれば、同じ思想の仲間たちといられる幸せな居場所が保たれる。傍から見てどう思われようとも、内部では誰も損をしていないから、司法が”悪”と断裁することもできません。」
俺は憤慨した。
「でも…!家族や友人は迷惑ですよ!俺はこいつらがそんな組織に入ったら、全力で止めます!」
ジョニーは俺を制止した。
「家族だろうが友人だろうが、そいつの人生を勝手に否定する権限はないだろ。第一、このHOPESがやってることと何が違う?根本的なシステムは同じだ。俺もコボも、それを分かった上で入ってんだろうが。自分の意思でな。」
俺は何も言えなかった。
「…ですが、僕たちと異なるのは、彼らの根本は”思想団体”であって、ビジネスのルール自体には疎かったことです。組織は拡大すると、構成員一人ひとりに対する支配力が甘くなり、勧誘スキームの徹底が難しくなります。そのまま宗教法人としてやっていれば良かったものを、下手にビジネスの枠組みに足を踏み入れたことで、”消費者庁”を敵に回す事態に発展してしまった。あまりに被害が殺到したことで、数年前、ついに行政処分が下されたんです。」
「じゃあ、もう存在してないってことですか?」
白石さんが尋ねた。
「シャングリラは解散を余儀なくされましたが、思想と人員自体が失われたわけではありません。残党たちは一度付いたその悪名をネットサーチから隠蔽するため、団体名を一般名詞に変更しました。つまりそれが『お茶会』。…この粉末の名前は”アクセラレータ”といいます。滋養強壮の栄養素と、”高次元のエネルギー粒子”が含まれている、ありがたいお茶です。」
話が終わると、聞いていた全員が固まってしまった。
しばらくして、白石さんが遠慮がちに口を開く。
「それじゃあ…藤崎さんは…そのうちの一人なんですか…?」
「…”元”構成員ではあります。もう足は洗いましたよ。ですが、これは内密にお願いできませんか?思想の払拭ができているかどうか、他人には判断できないので、信用を失う可能性があるんですよ…。友志とも今、それで揉めているんです。僕たちは、組織メンバーにもPD以上には経歴を口外しないよう、ボスから言われているので…。」
「僕たち…?他にもうちにいるってことですか?」
俺が問い詰めると、白石さんがそれを止めた。
「私は構わないです。この組織では、もう藤崎さんは私のダウンですから。他の誰でも、私は仲間たちがみんな大好きです!」
藤崎さんが少し恥ずかしそうに俯くと、ジョニーが話題を切り替えた。
「…ところで、翔吾とかいう、あの金髪男は危ないんじゃねえのか?デートの相手は、どうせあの女だろ?」
「そうか…マズい!ミイラ取りがミイラにされるぞ!」
「いや、アイツはこっちの勧誘とかは考えてねえだろうが…。向こうのターゲットにされたのは間違いねえな。」
「デート?」
藤崎さんが反応した。
「たぶんそれ、翔吾くんは”お茶”に誘われたんですよ。そのまま流れに押されたら、入会金30万払わされます。」
それを聞いた瞬間、コボが声を上げて立ち上がった。
「入会金…30万だって…?ちょっと待って、そういうことだったのか!だとしたら、事態は想像以上にマズい!」
「おいコボ!一体どうしたんだ?」
*
「『…あなたは常に束縛を嫌い、自由を求めて危険な海を渡りゆく旅人です。それゆえ周りの目からは奔放な蛮人のように映るでしょう。しかし、誰も知らないその真の志は”愛”…。あなたが敢えて嵐の大海原へ舟を出すのは、自分の生涯をそこに置き据えるための、”安息地”を探しているからです。あなたほど賢く、勇敢で、誠実な人は、本物の愛というものが、そうすることでしか手に入らないことを、心のどこかで知っているのです…。』」
翔吾は手を握られながらベタ褒めされ、完全に有頂天になっていた。
「え…えへへ…!いや、そうなんだよマジで!”本物の愛”!そうそう、それちょうど欲しかったんだよな〜っ…!でもオレ、もう見つけちゃったかも!いや〜、こんなところで見つかるとは!ねえ、メイちゃん!」
愛衣はそのまま淡々と続けた。
「あなたのお相手は私ではありません。占いにそう出ています。」
「大丈夫大丈夫!オレ、占いは都合のいいことしか信じないから!」
「はあ…。私の占いは本当によく当たりますが…。」
翔吾は全く聞いていない。
「それにしても、こんな素敵なカフェに、メイちゃんの方から誘ってくれるなんてさー、超嬉しいよ!」
「お気に召しましたか?翔吾さんが注文された”赤ハーブティー”、体の細胞が活性化するんですよ。このお店では、常連さんにだけ、特別に茶葉を手売りしているんです。翔吾さんにも、こっそり私からあげてしまいましょう。」
そう言って愛衣は鞄の中をゴソゴソと漁る。
「あら?すみません、手持ちを切らしているみたいです。気が付きませんでした。」
「いいっていいって!また何回でも一緒に来ればいいだろっ?」
「いえ、せっかくなのでお家でも飲んでもらいたいんですよ。そうだ、さっき偶然、奥に別の常連さんを見かけたので、少し分けていただきましょうか。」
愛衣は席から立ち上がり、店の奥に入っていった。翔吾は呑気にこの後のデートプランを考えている。
(優しいな〜。清楚なコだから、いきなりホテル行くのはマズいよなー…。いや、意外と誘えば着いてきたりして!)
鼻の下を伸ばしていると、愛衣が一人の男を連れて戻って来た。
「翔吾さん、こちら、お茶会の友達です。」
「やあ、こんにちは!キミは今日初めてだって?僕は白鳥孝介。この店の常連さ。」
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