第11話 バトルロワイヤル

有楽町の一画にある、広いカフェテリア。

男女の1組が店に入ってきた。二人は予約済の区画を見つけると、前で立っている男に声をかける。

「すみません、交流会の会場はここですか?」

「あっ…そ、そうです。私が主催の三木です。お名前を伺ってもよろしいでしょうか。」

「私は小堀です。こちらの女性は秋山さん。」

「…はい、お名前確認できました。どうぞお座りください!」

コボは参加者たちの中からすぐに俺たちのテーブルを発見し、隣にやってきた。

「うわー、ジョニー久しぶりだなあ。全然変わってないね。」

「2年ぽっちじゃ何も変わらねえだろ。お前はちょっと変な遊びを覚えたか?女を連れて合コンに来るとはマニアだな。」

「え?…ああ、いや、この子は職場の後輩だよ。今回手伝ってもらうために、来てほしいとお願いしたんだ。」

「秋山です。よろしくお願いします。こちらのお二人は、小堀先輩のご友人なんですよね?」

「そう。アキラとジョニーだよ。バンド仲間なんだ。」

「えっ、小堀先輩って社会人バンドやってたんですか?」

「ああ、言ってなかったか…。そうだよね。時間があったら、今度話そう…。」

俺はひとまず、予定通りのメンバーが揃ったところで、他のテーブルに聴こえないよう小声で話し始める。

「ところで、ちょっといいか?このメンバーには確認しておかなきゃいけないことがある。”俺たち4人”がサクラであることを他の参加者たちに知られるわけにいかないから、全員さっきのコボみたいに、主催の三木くんとは面識がないフリを装ってほしいんだ。」

「承知してます。」

「そうだな。まあ俺たちは会話を適当に躱して、残りの連中でカップリングしてもらえりゃいいだろう。2人余る女は不憫だが。」

…よし、これで三木くんの呼んだゲストがこの会に不信感を持つことは避けられた。けど、ここは大して重要じゃない。

「え〜!翔吾はないない!」

後ろの席から女性たちの声が聞こえた。

「なんでだよ!合コンなんだから、どっちかオレと付き合ってもいいんだぞ!」

「翔吾は面白いけど〜。彼氏ってのは違くない?ねえ、千尋?」

「でも真紀は結局、こういう男に沼るタイプでしょ?」

「やだあ!」

キャッキャと盛り上がるテーブルの横には、一人でスマホをいじっている地味な青年が座っている。ちょうど今、やってきた女性が彼に話しかけた。白石さんだ。

「こんにちは。ここ、座ってもいいですか?」

「あ…はい…どうぞ…。」

後ろのテーブルがうるさくて会話の内容は聴き取れないが、人見知りなのか、白石さんが一方的に話をしているらしい。

しばらくして、三木くんが最後のゲストを連れてきた。落ち着いた感じの、清楚な女性だ。

「えーっと…それでは皆さん、全員揃いましたので、交流会を始めたいと思います。まずは1対1のお話タイムです。時間の都合上、総当たりはできませんので、くじ引きでペアを決めます。これも運命の出会いってことで…。男女別のボックスから一人一枚札を引いて、番号の同じ人と座ってください。それでは順番にこちらへどうぞ!」



〜ペアタイム〜


<番号1> 翔吾&愛衣


「へえ、メイちゃんっていうのか。カワイイ名前だね!今日は彼氏探しに来たのっ?」

「はい、主催の三木くんに誘われて。私も長らくお相手がいないので、いい人が見つかればいいなと思って来ました。」

「えー!こんなにカワイイのに、彼氏いないんだ!ねえ、オレとかどう?」

「はい、明るくて素敵だと思います。」

「マジで!?」


<番号2>コボ&秋山


「あのくじ引き、三木さんが調整して仕込んだんですよね?このペアは不毛じゃないですか?」

「どうやら手違いがあったみたい…。まあ、後でフリータイムがあるから、そこで女性陣の性格を掴んで営業をかけよう。」

「そういえば、小堀先輩が営業でこういう手段に出るのって、珍しいですね。」

「俺にも色々事情があってね…。まあ、秋山さんは普通に合コン楽しんでくれてもいいんだよ。三木くんには、男性陣のためにできるだけ魅力的な女性を呼んで欲しいって頼まれたからね。」

「………先輩って、結構人たらしですよね。」

「ええっ!?」


<番号3>アキラ&真紀

<番号4>ジョニー&千尋


「だからぁ!私は次こそまともな男を捕まえるの!」

「そんなこと言って、真紀は毎回ダメ男を育成するじゃん!」

「コラコラ、まともな男じゃなくて悪かったけど、机くっつけるなよ!ジョニーもお前…何か言ったれ!」

「あーもう、どーでもいいわ。パスパス。俺はゲームやってるから、なんかテキトーに相手しといてくれ。」

「うわ、千尋の相手も終わってるじゃん。やっぱバンドマンなんてダメに決まってる。ねー、あんたたちさ、あっちの真面目そうな男の人と話してたでしょ?知り合いなら紹介してよ!」

「コボのことか?あれもうちのドラマーだけど…。」

「えっ!嘘ぉ!」


<番号5>小畑&白石


「また一緒になったね。小畑くんは、恋人が欲しいのかな?」

「まあ…そうですね…。職場だと出会いの機会がないので…。」

「そうなんだあ。お仕事は何してるの?」

「一応…漫画家のアシスタント…みたいな…。」

「ええ!すごい!格好いいなあ。じゃあ、将来は漫画家さんになるんだ?」

「……いえ、僕なんてそんな…。」

「漫画家になるのが夢なんじゃないの?」

「いえ、今はとにかく、結婚がしたいんです。そうじゃないと……。」

「…?」



三木くんは俺とジョニーの盤面が捨て石になっているのを見てそわそわしていたが、15分経つと主催席から急いで立ち上がり、フリータイムへの移行を告げた。



〜フリータイム〜


「へぇ~!じゃあ、小堀さんと秋山さんは、同じ会社で働いてるんだ!何の仕事なの?」

「家のお風呂とかエアコンとか、壊れたものを直してあげるサービスなんだ。あと、それから…」

「二人は付き合わないんですか!」

「え?いやいや、だったら2人で合コンには来ないよ…。」

コボは真紀と千尋にターゲットにされ、質問攻めを捌きながら会話の流れを化粧品に誘導する。愛衣も最初はこのグループに入っていたが、興味が薄れてきたのか、そのうち翔吾と小畑に絡み始めた。

(くそっ、一人逃がした…!翔吾に小畑くんのガードを頼んでおいたのに…何してる…!)

翔吾は小畑の口数の少なさに苦戦し、愛衣が入ってくると鼻の下を伸ばして楽しそうにしていた。


一方…。


「全くお前ら…。こんな回りくどいことをやってたのか。」

白石さんの前で、ジョニーがやれやれと頭を抱えた。

「お前は自分もターゲットになってると分かったら、面倒臭がってここに来ないだろ?」

「ごめんね。もうアキラくんからビジネスの話はしてあるって聞いてたから、本当はグレーなんだけど、こういう形にしちゃったの。」

「それはまあいい。俺がビジネスに抵抗がないってことを、アキラがあんたに伝えたんだろ。別に訴えるつもりもねえよ。コボを連れてくる時点でそれなりに違和感はあったしな。ただ本当に面倒くせえってだけだ。それより、こんな場所で俺とマネタイズのレスバトルでもするつもりなのか?」

このABCは、三木くんの采配によって他のメンバーと少し離れた位置に設定されているが、当然会話の片鱗が向こうに及んでしまう可能性もゼロではない。

「違うよ。私は今日、あなたと直接戦いに来たわけじゃないの。私は”偵察兵”だから。」



合コンも終盤に差し掛かり、戦局が変わる。白石さんはジョニーのABCが終わると、秋山さんを誘って小畑くんの向かい側に座った。俺が翔吾を押しのけて愛衣の正面に陣取ると、翔吾は理解したようで、渋々コボたちのグループに入っていく。最後にジョニーがタバコから帰ってくると、余っている一番端の席に着いて完成だ。計画通り。これで残りの盤面は2つのみ。

「お兄さーん、こいつらにコスメの話なんかしたってムダっすよ!どうせズボラなんだから!」

「はあ?翔吾に言われるほど女子力低くないんだけど!」

「どうだかな〜?」

「いやいや。この子たち、身なりにはとても気を遣ってるよ。二人共、自分のファッションスタイルに合わせてメイクをよく研究してあるみたいだ。すごく似合ってるよ。」

「え〜!小堀さんに言われると恥ずかしい〜!」

意外にも翔吾がいい仕事をしている。盛り上げ上手の”猿”は、やはり黒服が天職だったのかもしれない。

ならばこっちは白石さんのサポートだ。とりあえず、残る3人が彼女と連絡先を交換するように誘導しなければ…。

「こんにちは。さっきは、3人で何をお話しされてたんですか?」

突如、愛衣が話しかけてきた。白石さんは既に小畑くんと秋山さんにアプローチを始めている。テキトーに返して早く切り上げなければ。

「あーえっと…夢の話とかですかね…。俺、バンドマンなんで。」

「そうなんですか。夢…いいですね。私、実は占いが得意なんです。もしよかったら、あなたの手相を見せてもらえませんか?ミュージシャンの方の手相って、独特で好きなんです。」

愛衣はそう言って、飲んでいた持参のタンブラーを脇にずらし、手を差し出してきた。穏やかだが、独特な雰囲気の女性だ。俺は言われるがままに、「はあ…」と言って左手を見せた。

「…これは…すごい運勢ですね。とても浮き沈みのある”波乱”な人生…。決して孤独とは無縁の、人を巻き込み、人に巻き込まれる運命です。それ故に、自分の関わるべき環境に悩むことはあるでしょう。そしてあなたの企みは、最後に思いがけず地へ落ちる。でも大丈夫です。また大地を蹴って、仲間を連れて高く飛んでゆけばいい。あなたには”ペガサスの翼”があるのだから。」

俺は凄まじい勢いで左手を引っ込めた。その拍子に、脇に置いてあった愛衣のタンブラーがひっくり返る。タンブラーは蓋の締まりが甘かったのか、中の飲み物がテーブルにこぼれ出し、愛衣の横に置いてあった白石さんの鞄にかかってしまった。

「やべっ、すみません!」

「うわあ。大丈夫大丈夫!気にしないで…。」

白石さんは愛衣が差し出したナフキンをもらって鞄を拭いた後、ほんの数秒、えんじ色の液体を吸ったナフキンを怪訝な顔で見つめた。

「…不思議な色のジュースですね。」

「紅茶なんですよ。あまり美味しくはないんですけど。」

俺は飲み物をこぼしたことより、占いの方で気が動転していた。この女、一体何者なんだ?

「美味しくないのに飲んでるんですか?」

秋山さんが白石さんの奥からひょっこり顔を出した。

「ええ、肩こりや腰痛に効果があるので、事務仕事の後に飲むとホッとするんです。そうだ、小畑さんは漫画家のお仕事でしたね。1つ余っているので、お譲りします。どうぞ。」

愛衣は鞄から、粉末の入ったZIP袋を取り出して、小畑くんに手渡した。

「あ…ありがとうございます…。」

「へえ。お前、漫画家なのか。」

さっきまで端っこでゲームをしていたジョニーが話に入ってくる。

「アシスタントですよ、ただの…。」

「誰のアシだ?俺は漫画家なら大抵知ってるぞ。」

「鬼駄郎先生です。」

「おお、”電脳少年ギガ”の?すげえじゃねえか。…ってことはお前、意外にも劇画が得意なんだな。昨今あのスタイルは珍しい。俺は好きだ。」

「わ…分かりますか!?古臭いように見えるけど、近年主流の作画では結局あのエネルギーにはどうしても到達できないんです!」

「いや、分かるよ。そういや、セル画時代に放映されてたOVA、去年コミック版に逆輸入されてたよな?あれすげえ良かったけど、もしかして背景とか描いてた?」

「あれ、飛空艇描いたの僕です!!」

先ほどまで内気だった小畑くんが、見るも明らかにハツラツとしている。

「じゃあお前はそのうち、自分の作品を連載し始めるんだろうな。今のうちにサインくれよ。」

ジョニーはゴソゴソと自分のリュックを漁り、色紙代わりに一枚の楽譜を取り出した。

「あ、ジョニーお前それ、昔俺と本条がふざけて作った曲じゃん。まだ持ってたのかよ。」

「ゴミでも裏はメモ用紙に使えるだろ。…ほれ、そこに書いてくれ。」

小畑くんは紙を受けったが、急にまた元の調子に戻ってしまった。

「え…い、いや……。僕は……。僕は、もうこの仕事はやめるんです。給料が低いから、前の彼女に結婚を申し込んだとき、断られて…。親にも孫の顔見せてやりたいし、採用してもらえるか分からないけど、普通の会社に就職して、また相手を探したいんです。」

彼はご愁傷のまま合コンへ来たようだ。

「ふーん。そうか。なら仕方ねえな。とりあえず金が安定すりゃその後はどうにかなる。嫁と子供ができて、また気が向いたら描けばいい。」

「はい…やっぱりそうですよね…。」

小畑くんはそう言って俯いた。





「じゃ、翔吾。うちらはこのまま飲みに行くから、バイバイ!小堀さんも、今日は残念だけど、また誘いますから!」

「うん、ちょっとこの後仕事があって…ごめんね!真紀ちゃんも千尋ちゃんも、お気をつけて!」

「……小堀先輩、女の子を下呼びって珍しいですね。それも営業力なんですか。」

「人聞き悪いなあ!…とりあえず、彼女らには商品サンプルをいくつか渡せたから、後日比較レビューを伺ってみるよ。のお陰で捗った。」

「…そうですか。まあ私は大して何もしてませんけど。とりあえず私は帰るので、残業は一人で頑張ってください。」

「あ…う、うん。」

その横で、翔吾は愛衣の手を掴んで離さない。

「メイちゃん、今度、オレの手相も占ってよ!オレ、絶対ビッグになる男だから!安心していいぜ!」

「それは楽しみです。また連絡差し上げますね。小畑さんも、またお話伺いたいです。是非、今度2人でお茶会しましょう。」

「あ…は、はい…。」

三木くんが、そろそろ時間だと告げると、小畑くんを睨みつけていた翔吾が愛衣の手を渋々離し、2人も駅の方へ去っていった。



「さてと…。」

三木くんが振り返ると、HOPESチームの4人が全員テーブルに突っ伏してダウンしていた。

「あー疲れた!あわよくば三木くんのゲストも捕まえようと思ったけど、この条件じゃ2人が限界だった…。」

「私は4件…何とかやりきったよお。」

「メイちゃん…オレより小畑のことが好きなの…?」

「いや、あの女の占いは何かがヤバイって…。ていうか、何ペアかマジで恋愛に発展してるのは何なんだ…。趣旨違うだろ…。」

三木くんは疲弊した兵士たちを労い、みんなに1杯ずつビールを奢ってくれた。

「みんな…本当にありがとう…!僕は進行の操作しかできなかったから、今日の売り上げで乾杯してよ!」

「…男3000円、女1000円。今回サクラの参加費は取らないから、売り上げは合計6000。まあ、俺もゲスト扱いにされてたなら、一応くれてやるよ。ほれ。」

ジョニーがやってきて、三木くんに3000円を渡した。

「あ…ありがとうございます…。」

「サクラ抜きのフルで埋まれば、この程度の規模でも合計2万稼げる。簡単なもんだ。イベントの企画者ってのは、マルチと宗教の勧誘に来るやつも食い物にしてる。毎回自分がイベントに参加して搾取されてちゃ、主催者の思うツボだぞ。…だが、どのみちお前はアキラと違って、腹割って話ができるような友人関係も作れないんだろ?最終的にこうやって、イベントで出会った程度のよく知りもしない相手を勧誘するしかなくて、コスパが上がらない。俺もそのタイプだ。だからネットワーカーはやらねえんだよ。」

三木くんは黙って下を向いてしまった。

「…ジョニー。約束したからな?」

俺は上体を起こしてジョニーと対峙する。

「分かってるよ。ただし、チャンスは1回だけだ。次にお前が連れてくる本命とやらが俺を論破できなかったら、時間のムダだから、俺はもう入らねえぞ。」

「大丈夫さ。今日はそのために白石さんがいたんだ。」

「ふん。じゃあな。」

ジョニーは颯爽と消えた。

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