第10話 戦闘準備
「なーるほどなあ。確かにエリカさんとこは、コミュ力ないと難しいイメージあるなあ。」
大塚は頭を掻きながらベープを蒸した。
「そうなんです…。ABCに繋がらないのに、いつもイベントの参加費でお金が飛んじゃって…。白石SD(シニアディレクター)に相談したら、竹下組の人ならもっと合理的なやり方を知ってるんじゃないかって。」
横にいた白石が補足した。
「大塚さん、よく外部の飲み会イベントに参加されてますよね?三木くんに何かアドバイスをあげられませんか?」
「僕の場合は、その場ですぐ友達作っちゃうんだけどね。まあでも、他のやり方も知ってるといえば知ってるよ。竹下組というか、これは吉岡さんに教わったんだけど…。」
大塚は椅子に浅く座り直した。
「”BBC”って方法。普通はさ、リストの誰かと1対1のアポを取る”BC”があって、相手がビジネスに興味を持ったら、アップを連れてきて”ABC”が始まるだろ?だけどそのとき、Cがマルチの勧誘だと分かった途端、BC間の空気が悪くなることがよくあるんだよ。」
「あー…ありますね…。私も友達をエリカさんのところに連れていったとき、後で『マルチじゃん!』って怒られて、それから気まずくなりました…。」
「吉岡さんは自分のダウンにその事例が相次いで、根本的に組織の作り方を変えたらしい。今あの人がやっているのは、『常に2段下のダウンを作らせること』なんだ。」
「2段下?どういう意味ですか?」
「キミたちの系列に置き換えて話そう。白石さんがSD、その下に藤崎さん、その下が三木くんで合ってたよね?2段下ってのはこの場合、白石さんが三木くんの面倒を見るって意味だ。」
大塚はメモ帳のページを1枚破いて、紙に書きながら説明した。
「三木くんがこの系列に入る前の時間に遡って考えようか。藤崎さんは三木くんを”BC”で誘い、その後アップである白石さんにAを依頼したいとする。だけどそのABCで、もし三木くんがMLMだと分かって拒否反応を示したら、三木くんはこの場に呼び出してきた藤崎さんに不信感を抱くことになるだろう。この場合、例えば藤崎さんと三木くんが同じ職場の同僚だったとするなら、キミたち2人は今後、職場で顔を合わせる度にギスギスしなきゃならない。」
「僕は正直、マルチ商法ってそういう覚悟が必要なんだと思ってました…。」
「ところが、このとき藤崎さんが”BBC”という手法を取っていたなら、それを回避できるんだ。藤崎さんはBCでこう説明する。『三木くん、僕の友達と一緒に遊ぼうよ。白石さんっていう、優しくて可愛い子だよ。』」
白石はうつむいてモジモジし始めた。
「そして次の段階がBBC。これはただ3人で一緒に遊ぶだけ。この中にAはいない。なぜなら、BCの段階でビジネスの話を出していないので、法律上MLMの話をする人間がいてはならないからだ。」
ふむふむ、と三木はメモを取る。
「そしてここからが肝心。藤崎さんはその後、”何もしない”。三木くんのABCには一切参加しないで、日常に戻る。だけど問題ないよね?藤崎さんの代わりに、白石さんがビジネスの話をすればいい。三木くんはもう、白石さんの勧誘リストにも入ったんだから。」
「そ…そうか!僕がMLMに抵抗を示しても、嫌いになるのは白石さんであって、藤崎さんは関係ない…!」
白石はうつむいてションボリした。
「仮にキミが藤崎さんに文句を言ったとしても、藤崎さんはこう返せばいいのさ。『えっあの子、マルチ商法だったの?危なかった、教えてくれて助かったよ。マイフレンド』ってね。別に白石さんもノーダメージだ。たかだか一回遊んだだけの相手に嫌われても、どうせもう二度と会うことはない。」
「じゃあ、2段下ということは…三木くんのダウンは藤崎さんが作ればいいんですか?」
「今はここが厄介な話でね…。BBCってのは、いわゆる”外法”なんだ。本来自分がやるべき仕事をアップに丸投げするわけじゃない?その代わり、今度は自分が丸投げされる側になるってルールを、系列全員が納得してないと成立しないんだよ。藤崎さんは今回、三木くんを勧誘するのに自力でABCを組んでエリカさんのとこに持っていったわけだから、次の段まで彼に丸投げするのは、フェアじゃないよね。そもそも、他の組と緩やかに連携しながら仕事をするHOPESのスタンスに対して、徹底的に自分の系だけで独立したルールを運用できる吉岡さんが異質すぎるんだよ。下手したら、竹下組よりも合理的で血の通っていない戦略と言えるかもしれない。」
三木が何も言わないでいると、白石が遠慮がちに口を開いた。
「あの…私はフェアじゃなくても大丈夫です。エリカさんが私をいっぱい助けてくれたように、私も仲間をいっぱい助けてあげたいから…。」
大塚はそれを聞いて笑顔になった。
「なら、白石さん。今回はキミが重役だ。キミには”
*
バシッ!バシッ!……バシッ!
「あっやべ!目押しミスった!」
「バカお前、ランプ光ったらハサミ打ちだろうが。常識だろ!」
「え?何だって?聞こえない!」
俺はパチスロホールの轟音の中、ジョニーの声を聴き取ろうとして首を傾けた。
「あと、その台は今のボーナスが終わったらもう出ない。即ヤメで一旦戻れ。」
それだけ俺の耳元で言い残すと、ジョニーは喫煙ルームに入っていってしまった。
テッテレ〜!
“7”が1列に揃うと、軽快な音楽が流れ始める…。
俺は恍惚とした表情で喫煙ルームに入った。
「すげえぞジョニー!軍資金1万が3万になった!」
「別に凄くはねえよ。当たる台しか打たせてねえからな。」
俺たちはシュボッとそれぞれのタバコに火を点けると、一服始めた。
「なあ、俺にも台の選び方教えてくれよ。1日でこんなに儲かるなら、バイト辞められるぜ。」
「今日はホールの状態がいいから、たまたまだ。月締めで考えれば、勝ったり負けたりして、最後は良くてプラス20万だぞ。」
「十分じゃねえか。」
「お前は毎日8時間も打てんのか?」
ジョニーは早々に吸い終わり、2本目のタバコを懐から探しだした。
「それにコイツは結局ギャンブルだからな。状況は常に変わる。だが、パチスロの場合、”設定”だけは変わらない。朝イチに店員がそれぞれの台に仕込んだ、当たりやすさを決める『1〜6』の数字…これはその日の営業中に変更されることがない。”1”が最もハズレやすく、”6”が最も当たりやすい。”奇数設定”は不安定で、”偶数設定”は比較的安定。その店の設定傾向を掴んで台に目星を付けたら、午後8時に入店して、目当ての台の履歴を確認する。初当たり回転数の分散を計算して、”4”か”6”が見込めたら、黒字になるまで打つ。それだけでも小銭くらいは稼げるな。」
ちょっと何を言っているのかよく分からなかったが、コイツが昔と何も変わっていないことだけは分かった。
「お前さ、これで生計立ててるわけ?」
「んなわけあるか。打ち子なんてのはただの肉体労働者だ。ビジネスはオーナーにならねえと儲からねえんだよ。とりあえず俺は次の現場あるから、話があるならその後な。」
ジョニーは2本目を吸い終わると、俺を連れてパチンコ店を出た。
次に向かった先は、歩いてすぐにあるショッピングモールのカフェテリアだ。ジョニーは「コーヒーでいいか?」と言って、俺の分まで買って席に座った。
「お前なんか…変わってはないけど、俺と違って金持ってそうだな…。もしかして、もう4000万返済できたのか?」
「まだだ。月々10万ずつ返してる。貯金は十分にあるが、手持ち資金が減るとビジネスの複利効果が下がるから、敢えて返済に回してない。」
「そのビジネスってのは一体何なんだよ?」
ちょうどそのとき、俺たちのテーブルに知らない男がやってきた。ジョニーは俺との会話を切り上げて、男とやり取りを始める。
「手に入ったか?品物は?」
「こちらです。」
男は高級そうな紙袋をジョニーに手渡した。
「オッケー。MNPの方は?」
「今日は4件、合計12台です。そちらはもう業者に引き渡し済みです。」
「了解。番号は全部クラウドに入れておいてくれ。こっちは状態確認したら口座に振り込んでおく。ご苦労さん。」
男はペコリと一礼すると、去っていった。
「その紙袋って…モネックスの時計だよな?」
「そうだ。モネは商品のブランド価値を下げないため、買いに来た客が転売目的じゃないかどうか吟味するから、初来店のときは絶対に”在庫切れ”だと嘘をつく。本当に欲しいやつは、何度も店に通って転売屋じゃないことをアピールする必要があるが、時計が欲しい金持ちは、実際にそんな面倒くさい作業はやらない。皮肉なことに、結局転売屋に金を払って依頼する。」
「……MNPってのは?」
「携帯電話のキャリア乗り換えキャンペーンで付いてくるスマホを転売するために、大量に電話番号を取得して一気に乗り換える。番号の最低契約期間が過ぎたら、転売利益で黒字になってる間に全部解約する。」
「転売ヤーかよ!詐欺じゃねーか!」
「詐欺じゃねえよ!こんなもんな、店側もみんな分かってんだよ。受ける損害よりも一般利用客からの利益の方がデカいから、店がそのシステムを止めないんだろ。ビジネスの世界は情報戦だ。善意で経済が回ってるわけじゃねえ。」
俺は言い返す言葉が見つからなかった。俺だってRELIFEから要らない商品を買わされている。
「でも…それだって肉体労働だろ?どれだけ稼げるのか知らねえけど。」
「言ったろ。俺はオーナーしかやらない。スロット打ってんのも、店の行列に並んでるのも、全員俺の”客”だ。俺はやつらに案件を紹介してその仲介料を稼いでるだけで、実際にやってることといえば、資金と顧客情報の管理ぐらいだ。」
ジョニーは3台のスマホをテーブルの上にザッと並べた。おそらくスマホを全部業務用に作り変えたのだろう。どおりでプライベートの連絡がつかないわけだ。
「で、お前は?2年ぶりにチャットで連絡を寄越してきて、ネットワークビジネスでも始めるつもりか?」
「…お前らはなんでそんなに察しがいいんだよ…。」
「いきなり昔の友人に連絡取るのはマルチの定型だろうが。その言葉から察するに、声かけたのは俺が1人目じゃないな?状況は?」
「コボが入った。それだけだ。」
「なるほどな。お前の力ならそれはできるだろう。とりあえず所属組織の発足時期と人員の総数、提携してる会社の報酬プランを教えろ。十中八九俺はやらないが、一応収益性の計算はしといてやる。」
「待て待て、そういう話がしたいんじゃない!」
…いや、どうなんだ?こいつは極めて合理的で、”マルチ”という単語自体にはまるで抵抗がない。やるかやらないかを決めるのは、”稼げるかどうか”だけだ。だったら、それを説明できる人を呼んでくれば終わりな気もする。とりあえずこいつが独断で却下してしまう前に、HOPESの誰かと接触させなければ…。
「一旦待ってくれ。俺は確かにお前を勧誘したいんだけど、その話は後だ。今、組織の同期で金に困ってるやつがいる。お前が今やってるビジネスで、なんとか助けてやれないか?」
*
ピンポーン…。
タコ部屋のインターホンを鳴らす。ガチャッとドアが開くと、中から翔吾が出てきた。
「おおっ、すげえな!こんな人数、入るか?」
俺と三木くんは、それぞれ連れてきた客人をエスコートする。
「お邪魔しまーす。」
「これは…ビンテージだね…。」
合計5人になった一行は、玄関のシェルフにギチギチとそれぞれの靴を詰め込んでリビングに入った。
「おい翔吾、部屋片付けとけって言っただろ!女性もいるんだぞ!」
「忘れてたんだって!…さあ白石さん、この一番マシな椅子にどうぞ!」
「コボはもう脚立でいい?椅子4つしかないんだよ。」
「男女差別がすごいな…。」
「えー…改めまして、皆様お集まりいただき、ありがとうございます。」
司会進行を務めますのは、俺だ。
「本日お時間いただいたのは他でもない、明日の”バトルロワイヤル”の件です。4対6の激しい混戦が予想されます。覚悟はいいですか。はい、どうされましたか陣内くん。」
翔吾が手を挙げたので、発言を許した。
「隊長、俺、あんまり戦況が詳しく掴めてないんスけど…。」
「………。」
「そうだよアキラ。翔吾は僕たちに言われて女の子たちに声かけただけだよ。ちゃんと説明しないと。」
「えー…コホン。そうだな。ちょっと経緯が複雑すぎて…何から話せばいいんだ?」
「まず私から説明するよ。」
白石さんが交代してくれた。
「私と三木くんは、大塚さんのアドバイスで”BBC”っていう作戦を取ることにしたの。三木くんが今までのイベントで知り合った人をまとめて別のイベントに誘って、今度は私と一緒に参加する。そこで三木くんが知り合い全員を私と仲良くなるように誘導して、その後は私が三木くんのB役を引き継いでエリカさんに回す。そうすれば、まだBが苦手な三木くんの代わりに、私がダウンを作ってあげられるの。」
残りは俺が引き継いだ。
「つまり大塚さんサイドでは、三木くんの金欠問題に対して、『アポのコスパを上げる』という解決案が出されたらしい。一方、ジョニーが提案したのが、『合コンビジネス』というものだ。イベントに参加するのではなく、自分がイベントを主催することで参加者から参加料を集めて稼ぐ。」
翔吾が何となく理解してきたようだ。
「あー、合コンってそれでやんのか。要するに、その2つをまとめてやるってことだろ?別にオレはやることねーじゃん。」
「三木くんのアポだけならな。まず、もう一つは、俺のアポ。俺は元々、『三木くんに直接アドバイスをしてやってほしい』という口実で、ジョニーをわどうに連れてきてアップの誰かに接触させるつもりだったんだけど、あいつは『参加者集めが大変なら、初回は自分も数合わせに入ってやるから、そのときついでに色々教えてやる』と言ってきた。俺はこの機会を逃せないから、ここで白石さんと一緒にジョニーのABCをやる。」
脚立の上のコボがそれに続ける。
「…さらにもう一つは、俺のアポ。今回イベントの参加者を集めるために、俺は秋山さんという職場の女の子をサクラとして呼んだ。彼女も白石さんに繋げる。」
「それって、白石さんメチャクチャ大変じゃねーか。」
「私、頑張れるよ!ちゃんとできるか分かんないけど…。」
コボが釘を刺す。
「翔吾くん、君は自分のアポも忘れるなよ。」
「え?あ、そっか。俺も女の子2人呼んだわ。まさか、それも白石さんにやらせんのかよ?」
「この初心者だらけのパーティーでAや引継ぎのBができるのは、白石さんだけだ。だけど、それはこの界隈においての話。俺の本職は営業だから、”商品”の営業なら、俺は引けをとらない。うちの会社は化粧品の販売も請け負っていて、秋山さんには『参加者の女の子たちに、うちの化粧品の宣伝もしようよ』と言って誘ってある。」
「化粧品…?」
「男の子たちは見てないかもしれないけど、RELIFEにもコスメの製品があるの。秋山さんは小堀くんと一緒に自社の化粧品を営業するつもりで来るだろうから、2人で協力して化粧品の話題で盛り上がるようにしてもらう。その後、私が秋山さんにBCをやっている隙に、小堀くんが女の子たちにRELIFEの製品を宣伝する。」
「…それは流石にひどすぎるから、普通にうちの会社の化粧品も宣伝するけどね…。とにかく、この戦いは全員仕事があるってことだよ。アキラ、整理してくれ。」
俺は全員の注目を浴びて立ち上がった。
「俺・コボ・三木くんは自分たちのゲストを白石さんまで誘導。翔吾はゲストをコボに誘導だ。3系混合だけど、お互いに別の組を助け合おう。各自健闘を祈る!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます