ジョニー編
第9話 関西連
RELIFEの東京サロン。俺たちがテーブル席で会話をしていると、遅れて2人の男がやって来た。
「二人とも、遅れてすまない。小西のABCが長引いてね。」
1人は浜本さん、その横にいるのは、何度かわどうで話したことのある、浜本組の小西さんだ。
「ごめんごめん、少し待たせたね。会議室は取れなかった?」
「受付に聞いてみたんですが、俺たちが来たときには、既に全部埋まってました。」
「関西連だろう。彼らはこの1週間、東京に滞在するメンバーもいるらしい。譲ってやろう。それに、我々はこの4人だけだ。ここで問題ない。」
浜本さんと小西さんが席に着いた。
「さて、小堀くん。これが我々のチームだ。よく来てくれた。歓迎する。」
「よろしくお願いします。正直、まだビジネスの具体的な内容についてはほとんど理解していないのですが…。」
「大丈夫。今日はそれを説明しよう。小西、新人研修の内容で講義してくれ。Aの練習だ。」
「うわっ。浜本さんにチェックされるの怖いなあ。…まあ、やってみますか。」
小西さんは、俺がタコ部屋でヤマトさんに教わった内容を話し始めた。ところどころつっかえる箇所はあったが、浜本さんのフォローを受け、なんとかリストアップ表までの説明を終えた。
「…というわけで、このリストが仕上がったら、僕か浜本さんに提出してくれ。…以上って感じなんだけど、分からないとこあったかな?」
コボは与えられたリスト表を眺めながら、「なるほど…」と呟いた。
「これはつまり、アキラのリストに私の名前が書かれたから、私が誘われたわけですね。そして私はアキラの”ダウン”となった…。質問があるのですが、私が同様にこのリストを書くとすれば、共通の知り合いが何人か重複します。例えば残りのバンドメンバーを加入させた場合、次の人間は、私のダウンですか?それとも、アキラのダウンですか?」
「共通の知り合いであれば、小堀くんのダウンに付けることが推奨される。我々は毎月一定額の商品をRELIFEから購入しなければならないわけだけど、その売上はアップに還元されていくから、上下関係を一直線に並べておけば、全員がその恩恵を受けられる。」
「全員…ではなく、”一番下の者以外”ではありませんか?」
小西さんは少し返答に困っている。
「ビジネスに参加する前に、構造上の疑問を晴らしておきたいのですが…。この上下関係によって、例えば世界人口の全員を序列させたとしても、結局一番下のものは搾取されるだけになってしまいませんか?もしこれが、負債を下の者に押し付け合うシステムだというのなら、私はバンドメンバーを”下”には付けたくないのですが…。」
なるほど…。改めて考えてみれば確かにそうだ。割りを食うのは、別に一番下だけじゃない。自分の支払いよりダウンからの献上金が低い中間層も、みんな赤字だ。本当はHOPESメンバーの大半だってその中に入るに違いない。儲かっているのは、おそらく100人長のPD以上ぐらいなもんで……。…あれ…?
「すいません、俺からも一つ質問いいですか?浜本さんってPDなんですよね?なんで浜本組って、この4人しかいないんですか?というか、そもそもHOPESのメンバーって全員合わせても100人いないですよね?残りは関西連って組織にいるんですか?」
「厳密にいえば、私の組員は関西連にも2名いるため合計6人だが…。そうだね。もし君たちがHOPESではなく友志の会に加入していたなら、あるいは通常生まれない疑問だ。まず、君たちはこのビジネスにおいて、最も大きな誤解をしていることを教えよう。これは、”関西連”というものが一体何なのかという説明にもなる。」
そう言うと、浜本さんは席を立ち、受付の人に借りて、小さな箱を持ってきた。箱の側面には、” PERFECT α+”と書かれている。
「君たちは、”完全食”と呼ばれるものを知っているかな?我々が口に入れた食べ物は、その8割が糞尿として体外に排泄されている。つまり、実際に吸収が必要な栄養素は、ごくわずかだということだ。そのわずかな必須栄養素だけを凝縮し粉状にした製品が、この”アルファプラス”。もちろん食物繊維などの摂取には別途通常の食事が必要ではあるが、これさえ飲んでいれば、体内の栄養バランスは大幅に安定する。」
はあ…と反応に困りながら、俺たちは説明を聞いた。
「どうかね?欲しいかな?」
「いやまあ…そうですね。」
「一箱7000円だ。」
「高っ!やっぱり要らないです!」
浜本さんは爽やかに笑った。
「私は商品のセールスは得意でないのでね。どうやら私は”営業”に失敗したようだ。…それならこうしよう。アキラ、小堀くん。君たちがこの商品を要らないのは重々理解した。だが、君たちが要らなくても、この世界には忙しくてきちんと食事が取れない人たちがたくさんいる。その人たちは、高いお金を払っても、健康を維持したいと考えているんだ。君たちは飲まなくてもいいから、この商品を”世に広める”広告代理店の仕事をやらないか?フランチャイズ料はいただくが、沢山売ってくれれば、それ以上の報酬を還元しよう。」
俺はピンとこなかったが、コボは理解したようだ。
「そういうことか…!」
「そう。HOPESがやっているのはこういうことだ。我々は商品の買い手を探しているのではない。ビジネスパートナーを第一に探している。」
俺はイマイチ分からず、助けを求めた。
「…コボ、それが俺たちの質問と何の関係があるんだ?」
「俺たちの発想が逆なんだよ。RELIFEの立場から見れば、ただ客に商品を売っているだけだ。客は自分が欲しい物を買って『搾取された』とは考えないだろ?つまり、一番下の者が、『商品が本当に欲しい者』になれば全て丸く収まる。」
「その通り。MLMの世界では、商品を買いたいがビジネスはしたくない者のことを『愛用者』、逆に商品に興味はないがそれを利用してビジネスがしたい者を『ディストリビューター』と呼んでいる。私の系列には合計115人が登録されていて、そのうち109人が愛用者、6人がディストリビューター、というわけだ。」
「そういう意味か!そう考えれば、稼げない中間層も、商品の恩恵は受けられてるってことだもんな。」
「だから本当は、ディストリビューターである君たちにも、商品の価値を知ってほしいんだよ。駆け出しは黒字になるまでが大変だからね。売り上げだけを目標にしていると、赤字が続いて辛くなるだろう?ビジネスも体が資本だ。健康には気を遣ってくれ。」
今まで何となくやっていた仕事の構造が見えて、スッキリした。小西さんは、浜本さんの”A”の手腕に感嘆しているようだ。
「あ、それで浜本さん。関西連の説明もしないと。」
「そうだったね。それは君が詳しいだろう?よろしく。」
「えーっ、今日はスパルタだなあ。」
小西さんはメモ帳を閉じて話を始めた。
「まず、先日のラリーにも来ていた”友志の会”。これはRELIFEに提携する日本最大の組織だ。代表の宮田玲子氏は、ボスより1つ上の”エメラルド”。我々HOPESより歴史は長いが、彼女たちがMLM業界でトップクラスに上り詰めたのは、それだけが理由じゃない。連中のスタンスは、『徹底的に愛用者を広げること』なんだ。宮田氏は元々、障害を持つ児童の福祉施設を運営していて、RELIFEの製品で子供の症状が改善する事例をいくつも体験したそうだ。それから児童の親づてに系列が広がっていき…最終的に、製品の効果的な服用法を研究する婦人団体を発足させた。それが今の姿だ。」
「つまり…ディストリビューターがいないってことですか?」
コボが興味深そうに尋ねた。
「厳密に言えば、愛用者とディストリビューターの区別がないってことだね。みんな子供のために喜んで商品を買うし、結果が出れば喜んでママ友に宣伝する。本来これがマルチ商法のあるべき形で、HOPESのようにビジネス中心に動いている組織は、ディストリビューター自身の購買意欲が低い分、売り上げの単価は低くなりやすいんだ。系列の拡大には向いているんだけどね。」
なるほど。確かに、俺は金が欲しいだけだから、買わなくていいものはできるだけ買いたくない。
「そこで、2年前に竹下PDが、友志の会との協働プログラムを提唱した。京大の後輩だった京本さんを中心にHOPES大阪支部を作らせ、友志も未踏だった関西圏で、新たに互いのノウハウを混合させた”関西連”ができるに至ったわけだ。」
浜本さんは、小西さんの説明に満足したようだ。
「と、いうわけだ小堀くん。疑問が解消されたところで、改めてこのビジネスを始める気はあるかい?」
「正直、バンドメンバー以外をビジネスに勧誘できる自信はありませんが…。今の私の本職は営業です。『愛用者』に商品を売ることは可能かと。」
「全く構わない。君にできないことはアキラがやる。アキラにできないことを、君がやればいい。もちろん、他の誰かと手を組んでもいいだろう。だが選ぶべき相手は……いや、それより君たちは、残りのバンドメンバーを集めることが先決だね。さて、次は誰かな?」
俺は前回より遥かに気持ちが軽くなっていた。コボが仲間にいてくれるだけで、まるで心の負担が違う。
「どうするよ、コボ。お前さ、2年前に解散した後、誰かと連絡取った?」
「ジョニーは1年前に用事があってメールしたことがあるんだけど、返ってこなかったんだ。電話も何故か繋がらない。でも探せば何か他に連絡手段はあると思うよ。…本条はアイツ、そもそもスマホ持ってないから連絡できないけど…。」
「今考えれば意味分かんねえよな…。なんで持ってねえんだよ…。ほんでスワンは?」
途端、コボの表情が固くなった。
「あいつは今、少し待った方がいい。」
「…会ったのか?あいつ、母親の手術はどうなった?」
「アキラ、先にジョニーへの通信手段を探そう。スワンを連れ戻すには、あいつの脳ミソが必要だ。」
*
「おかえり〜。」
タコ部屋に帰ると、三木くんがリビングで段ボールを畳んでいた。テーブルには、ところ狭しと大小様々な箱が並べられている。
「何だこれ?何やってんの?」
「RELIFEの製品が届いたんだよ。ほら、僕らがサインしてすぐに入金して買ったやつ。」
俺はその中から、今日浜本さんが見せてくれたアルファプラスを発見した。
「あ、俺これ買ってんじゃん。品目全然見てなかったわ。」
「スターターパックって名前でまとめられてたからね。細かい内容物見てもどうせ分かんないから、仕方ないよ。」
俺はさっそくアルファプラスの箱を開けると、パックを一つ開けて、粉薬の要領で口に入れた。
「ゴッ…!ゴハッ……マズッ」
三木くんが慌てて水を用意する。
「うげえ…。こんなマズいもんを15万円分買わされたのか…。」
「ね。15万は厳しいよ…。しかもそれはただの参入費用で、これから毎月3万円買い続けないとボーナス還元率がキープできないんだ。……ああ、お金がない。僕、結構ヤバイよアキラ…。」
「そんなに貯金ないのか?いや、俺もないけど…。バイトしまくれば、借金の返済と生活費で、俺はちょうど3万余るぐらいだぞ?」
「僕だってバイトはしてるよ!でも、エリカさんが教えてくれたアポの取り方じゃ、お金がどんどん減っていくんだ…。」
そういえば、三木くんはリストが埋まらず、”イレギュラーコース”行きだった。
「カフェ会とかダーツ会とかに、お金を払って潜入するんだよ。そこで友達作って、連絡先交換して、後日またカフェに誘うの。僕は友達作るの苦手だから、その段階までいくのも難しいのに、毎回お金を使っていられないよ…!」
「そんなことしてたのか…。うーん…。製品転売したら?ミルカリとかでさ。マズいし。」
「規約違反なんだよそれ。」
まあそうか。製品の販売ボーナスを還元できるのは、RELIFEが全ての売却履歴を管理しているからだ。
「翔吾、あいつ金持ってねえかなあ。」
俺はドンドンと翔吾の部屋のドアを叩いた。
「おーい、起きてんだろ?ヒマかー?」
「ヒマっ…じゃねえけど…!今、あー……鍵開いてんだろ?」
俺は遠慮なく部屋の中に入った。あちこちに私物が散らかっている。せっかく自分からベッドのある部屋を選んだというのに、その上にもゴミが散乱していた。翔吾は自分で買ってきた中古のテレビでゲームをやっている。
「まーたやってんのか。お前が買った製品も届いてるぞ。」
「製品?なんだっけそれ?…あっ、ヤベッ!」
チュドーン!と派手な音が鳴り、翔吾の乗っていた戦車は木っ端微塵にされてしまった。
「クソッ!あとちょっとでランク入りだったのに!」
「お前はビジネスでランク入り目指せよ…。」
俺が戯れにテレビを覗き込むと、見たことのある画面が表示されていた。
「あー、これ”MEGA WARS”じゃん。うちのバンドメンバーの1人がそれやってたよ。国内ランク15位とか言ってたな。」
「マジ!?それってメチャクチャつえーぞ!なんて人?」
「えーっと確か…ユーザーネームは”JOHNYYY”だったかな?」
「え?今オレ、そいつの部隊にやられたんだけど…。」
“バトルロワイヤル WINNER”と表示されたグループの中にその名前はあった。『国内ランク8位』と書かれている。
「……翔吾。そのゲーム、チャット機能付いてるか?」
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