第6節「桜子の一撃」

 ダダダダダダダ。

 二〇ミリ機銃弾が尖塔の鐘楼の部屋一面に容赦ない掃射を与えた。

 床に倒れた薫子、プリシラ、リチャード以外、唯一立っている存在――アーデルハイドに、複数の弾丸が命中する。

 通常の人間ならばばらばらに身体が引き裂かれるような衝撃だが、アーデルハイドは驚異的な身体の強さで、血しぶきをあげて床に倒れ伏すのみで耐えきる。

「何者だ!」

 彼女が叫ぶのに呼応するように、鐘楼の外から、零戦の軽快なエンジン音とともに拡声器の声が聞こえた。

「こちらは翔鶴飛行隊長、栗花落桜子! ドイツの吸血鬼に告げる! 自害しろ!」

「な……!」

 アーデルハイドは改めて気づいたようにばらまかれた二〇ミリ弾を見つめた。

 全て、銀弾だった。

「あ……ああ……」

 自らの剣を自らの喉元に持って行く。だが、剣先は震え、狙いは定まらない。

 だが、一瞬、ぴたりと剣の動きが止まり、吸い込まれるようにアーデルハイドの喉を貫いていく。

 剣を、アーデルハイド以外の者も持っていた。

 倒れていたはずのリチャード・ブラッドフォードが、アーデルハイドを優しい目で見つめていた。

「あなたの負けです、アーデルハイド卿。あなたの意志の強さを私は尊敬していたが、この世を去るときも強い意志でやっていただきたかった」

 それだけを言い、アーデルハイドと一緒に、彼は鐘楼の部屋の床に倒れ伏した。

「……母上……娘よ……すまない……幸せに……」

 薫子は身体が回復してきたのを感じていた。ゆっくりと起き上がり、プリシラを助け起こす。

「軍令部どの、それと英国貴族! その鐘楼はもうもたんぞ!  零戦の掃射をうけたら、そんな古い建物はすぐに崩れる! さっさと降りろ! 急げ!」

 外からうるさい拡声器の音が聞こえた。

「降りよう、プリシラ」

 薫子はプリシラを抱きかかえ、足早に尖塔のらせん階段を降りていく。

「……リチャード……あんな形で再会するとは」

 珍しくプリシラが感傷的になっていた。

「私も驚いた。だが我が父は私の幸せを願ってくれた。それで充分だ。それに、偉そうだが面白い女が祖母であったことも分かった」

「偉そうで面白いだと?」

「口を閉じろ! 舌を噛むぞ」

 薫子は残された全力でらせん階段を降りきり、もとシナゴーグであった教会の外まで一気に駆け抜けた。

 その一瞬後、もうもうと土煙を上げて、教会が崩れていった。

 外では零戦隊が亡者を掃射し続けていた。桜子の声が空に響き渡り、亡者たちはみな一様に自害していく。

 亡者の影響がなければ、情勢は日本軍優勢であることは明らかであった。

(ようやく……戦争の終結が見えてくるか……)

 ここまで拡大したドイツ軍は、アーデルハイドがいなくても脅威だ。しかし、この長い世界大戦――奇妙な吸血姫の影響でありえない結末を迎えそうだった世界大戦も、ようやく収束する光明が見えてきた気がしていた。

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