第3節「尼港襲撃」

 日本軍はニコラエフスクに対して第一段階、第二段階の攻撃を敢行、地上部隊および空軍基地をほぼ撃破する成果を上げた。

 ドイツ軍は激しく抵抗し、日本軍の損害も大きかったものの、ほぼ当初の目的を達成し、特に港湾に所狭しと並べられていた輸送艦、強襲揚陸艦を軒並み撃破したことにより、日本本土に侵攻すべく準備を進めていたドイツ軍の出鼻をくじく形となった。

 そして、第三段階――。

 市内要所の確保を担当する空挺兵は、イルクーツクで降下した挺身第三連隊だ。亡者との戦いになれている、との理由で選ばれた。

 薄暮であった。

 一式陸攻に搭乗した空挺兵たちは、零戦に護衛されニコラエフスク上空に到達する。

 眼下にはニコラエフスク市街地、そしてアムール川が見える。アムール川を静かに遡上していく揚陸艦「あきつ丸」「神州丸」は、大発を次々に発進させている。

「こちらも出撃。降下する」

 挺身第三連隊長、葭田中佐が命じる。

 ともに陸攻に搭乗していた薫子は、プリシラ、蓉華にも目配せした。

 蓉華は軍令部の参謀だから参加する可能性はあったが、英軍のプリシラが日本軍単独の作戦に参加するとは意外だった。

 だが、この作戦のもう一つの目的は、アーデルハイドの繰り出す吸血鬼への対抗手段を確立することである。とすれば、意外ではないのかもしれない。

「続け!」

 葭田中佐が命じ、真っ先に飛び出す。

 葭田中佐に続き、薫子は機外に飛び出す。

 ニコラエフスクの街――特に薫子が降下しようとしている司令部施設周辺は半ば廃墟だった。

 だが、まだ無事な尖塔やビルにはそこここに鍵十字の旗が掲げられており、この街の現支配者を提示していた。

 が、それらの旗もそのときまでであり、爆撃を担当する陸攻隊が爆撃を敢行するごとに、次々に爆発が起き、鍵十字旗がビルや尖塔とともに崩壊していく。

 小銃の銃撃音が街のあらゆる街路に響き渡り始めた。さらに大規模な爆破が連続して起こり、現支配者として君臨していたドイツの兵士――多くは婦人兵だ――があちこちで追い詰められていくのが見えた。

 その混乱と狂騒と爆音と硝煙の匂いはあっという間に街を覆い、厚く垂れ込めた雲の下のアムール河畔の港湾都市を覆い尽くしていく。

 そこに雲が途切れ朝日が混乱の都市の上に注ぎ始めた――。

 降り注ぐ朝日の中、薫子は目標地点であるドイツ軍司令部ビルの近辺の広場に着陸する。既に葭田中佐以下数名の婦人空挺兵が着地、すばやく落下傘を切り離し陣地構築している。

「亡者ども――来るでしょうか」

 イルクーツクの時と違い、流石に葭田中佐も慎重だ。

「……分からない。だが、来たとしても備えはある」

 薫子は冷静に告げた。

「銀弾はみな、弾倉一つ持たせています」

 それからじっと薫子を見た。

「しかし申し訳ない。あなたである必要はなかった」

 銀弾の材料は、薫子の胎盤である。葭田中佐はそのことを言っていた。

「確かに、吸血鬼に噛まれ妊娠すれば誰にでもできる。しかし、そんな運命は私一人でたくさんだ」

 薫子は言って、じっと遠くを見た。

「……悪い予測はあたるものだ」

 いつのまにか大量の亡者が、日本軍を囲むように出現していた。

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