第7節「イルクーツク決戦」

ドイツ軍はイルクーツク鉄道駅およびイルクーツク空軍基地、そしてアンガラ川に面する港湾施設を重点的に警備しており、司令部は鉄道駅近くのホテルを接収して使用していた。郊外の駐屯地に駐留していた歩兵四個・装甲二個師団は、歩兵一個師団を残してクルトゥクに派遣しており、対する日米英空挺部隊は、三個旅団――九個連隊編制で、総勢一個師団の戦力を保有しているため、ソ連人が蜂起すれば戦力でも新連合国に分がある計算になる。

 薫子・プリシラらが随伴する日本陸軍挺身第三連隊は、イルクーツクの鉄道駅および司令部を直接占領することになっていた。

「降下する! 続け!」

 挺身第三連隊の連隊長、葭田万葉(ルビ:よしだ・かずは)中佐が命じる。それからプリシラ、薫子に声をかけた。

「お二方もお早く」

「妾が先に行く」

 プリシラが薫子の答えも聞かず飛び降りている。薫子はそれに続いた。強風にプリシラの軍帽の下、うなじで結んだ金髪がなびく。その金髪が眼下のドイツ軍の探照灯でまばゆく照らされる。

 しかし、探照灯は格好の餌食だ。兵員を投下した後の一式陸攻は探照灯を目標に、機銃掃射を繰り返し、地上目標を掃討していく。

 その間に、空挺兵は駅前広場に次々と降下し、橋頭堡を作っていく。先に降下した兵が橋頭堡を作り、後に降下してくる兵のための陣地を確保する。同時に、イルクーツク駅、司令部ホテルに分かれ、ドイツ軍への攻撃を開始する。

 市内の各地から爆音や銃声が響いている。

 今頃、陸攻の別の部隊が港湾施設や空軍基地に対して雷撃・爆撃を繰り返しているころだ。

「よし、一気に攻める! 第一大隊は司令部、第二大隊は鉄道駅へ! 第一大隊、私に続け!」

 葭田中佐が命じる。

 薫子はプリシラとともにそれに続く。

 司令部のホテル正面にはバリケードが築かれ、機関銃が多数据え付けられている。プリシラが手榴弾を投げた。手榴弾はほぼ一直線に機関銃陣地の後ろに入り込み、陣地は轟音をあげて爆発する。

「よし、行くぞ」

 プリシラは涼しい顔で言う。

「あれはなんだ」

「対戦車用の手榴弾だ。重いが、吸血鬼なのでな」

 簡単に説明する。

「――よし、続け!」

 薫子から事情を言い含められている葭田中佐は、わずかに微笑んだ後、駆け出す。

 そして、強引に小銃を連射し司令部の扉を破壊、兵士らが突入したとき。

 一人の日本軍婦人兵が何者かに殴られたか、外に吹っ飛んできた。

 司令部の外にふらふらと一人の男が歩き出て、その兵士の華奢な両手で肩を持ち上げ、がぶりと首筋を噛もうとする。

「亡者だ!」

 薫子は素早く動いた。

 強引に亡者と兵士を引き剥がし、亡者を滲血刀で斬り伏せる。亡者を更に「かたく噛む」と、亡者は死ぬ。それはプリシラから聞いたことだった。

 そして司令部の中を見る。らんらんとした紅い目が一斉にこちらを見ていた。紅い目は亡者の印だ。

「司令部の中には亡者だらけだ! 退避しろ!」

 葭田中佐に叫ぶ。

 しかし、葭田中佐は一瞬、声を発することができない。

 その理由を薫子は悟った。

 駅前広場自体が亡者に囲まれている。

「隊長! 各地に空挺降下した部隊から撤退要請です! 都市のすべてが亡者で埋め尽くされており、対抗できないと!」

 薫子は顔面蒼白になりつつ、駅前に構成された橋頭堡に撤退していく。

「どうした!」

 司令部のホテルの屋上に人影が立っている。

 その人影に、薫子は見覚えがあった。

「アーデルハイド!」

 プリシラが叫ぶ。

「久しいな、プリシラ・ブラッドフォード。やはりお前が元凶か」

「……このままドイツ軍に世界を支配させるつもりか、アーデルハイド・ヴェンツェル!」

「民族単位での弱肉強食が我々ドイツの世界観だ。それが嫌ならば、お前たちも強くなるがいい!」

 それから指を鳴らした。

「行け! 亡者ども! 敵を圧殺せよ!」

 アーデルハイドの命令に応じ、一斉に駅前広場を囲んだ亡者たちは日米英軍に襲いかかる。

(馬鹿な……こんなことが……)

 亡者になった以上、もはや誰の指令も聞けるはずがなかった。この状況のような、イルクーツク全体が亡者に満たされた状況も想定してはいた。しかし、その場合でも指揮統制の効いた新連合軍ならば対抗できると考えていたのだ。しかし、この亡者は統制されている。

「撤退だ! 空港に撤退せよ! 陸攻を着陸させ、脱出するのだ!」

 プリシラが命じている。

 呆然としつつ、薫子も、それしか方法がないことを既に悟っていた。


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