第7節「スエズ突入」
一九四二年七月五日早朝。スエズ運河。スエズ運河の紅海側の拠点であるスエズ港湾基地は、接近する日本軍の大部隊に対して混乱の極みにあった。度重なる爆撃によって既にスエズ港湾の通信基地、レーダー基地、航空基地、高射砲陣地、陸軍駐屯地、停泊してあった艦艇の大半は撃破され、わずかに残存していた部隊に対し、とどめとばかりに砲弾が雨あられと降ってくる。
「我が艦隊三式弾全弾命中、英軍駐留陣地、高射砲陣地、航空基地を撃破! ――スエズ基地の抵抗僅少。英軍はほぼ壊滅したと思われます」
戦艦長門艦橋。報告を受けた第四艦隊司令官、紘羽八重は満足げに頷いた。
「これで山下閣下への義理も返せるか……」
そうつぶやく。
「我が第四艦隊の都合で一方的にご出馬願ったのですからね。我が艦隊が何もしないのでは敬意を欠くこと甚だしい。もともとはあのような栄誉ある将軍に出張っていただくことを提案した者が悪いのですが」
傍らでそう返したのは、第四艦隊所属第二戦隊参謀・洲月蓉華少佐だ。
「だがな、洲月少佐。彼は軍の指揮官が職務だ。このような敵の大拠点を攻略することこそ栄誉と考えるだろう。むろん、この私もそうだ。そういう意味で、彼女――神崎少佐の動きは是ととらえるべきだろう」
「……これは失礼をいたしました」
洲月蓉華はしおらしく一礼するが、その横顔は全く納得している様子はない。
(我が海軍の強硬派には困ったものだな……。まあ、敵と戦っているうちは邪魔をしないと思うが)
スエズ攻略へと歩を進めた現在、対英講和は現実的な可能性として形を為し始めていた。そのとき、強硬派が蠢動することは確実であった。
「第二五軍、第18師団より入電! 『ワレ、ポートサイドの攻略に成功せり!』」
「第二五軍、近衛第2師団より入電! 『ワレ、イスマイリアの攻略に成功せり!』」
「了解した。第四艦隊は引き続きスエズの基地の徹底撃破に努めると打電せよ。また、第一戦隊第一部隊が通過するため、地上における護衛を頼むと」
「了解です!」
「第一戦隊第一部隊、スエズ運河に突入を開始!」
「続いて第三航空戦隊、スエズ運河に突入を開始!」
「翔鶴・瑞鶴航空隊はスエズ運河突入部隊の護衛に従事せよ! 戦闘機隊は敵の航空攻撃に備えよ! 爆撃隊は攻撃するものあれば躊躇なく爆撃! 後退し途切れぬようにせよ! イスマイリア以降は飛行第64戦隊に引き継ぐ。ポートサイドを出た後は第三航空戦隊自身が防空任務を担う!」
通信士が八重の命令を復唱する。
八重は長門の艦橋から、スエズ運河に突入していく第一戦隊第一部隊、すなわち戦艦金剛、比叡の勇姿を見つめた。そして、それに続く空母鳳翔、龍驤のそれを。
(頼むぞ。道中は既に味方が制圧しているが――)
山下大将率いる第25軍及び第四艦隊が合同で実行するこの作戦は、第一段階でスエズ運河の主要三拠点のうち、地中海側のポートサイドおよび中間地点のイスマイリアを第25軍が攻略、紅海側のスエズを第四艦隊が攻略する。これはほぼ完了したとみて良い。
そして第二段階では、金剛・比叡・鳳翔・龍驤を主力とするスエズ運河突入部隊がスエズ運河を突破、地中海に侵入する。その際の防空任務は、イスマイリアまでは第四艦隊、ポートサイドまでは陸軍の飛行第64戦隊、そしてポートサイド以降は鳳翔・龍驤が担うことになっていた。
(そして第三段階こそが重要だ)
八重は視線を険しくし、運河に入っていく金剛らを見つめながら思う
第三段階では、鳳翔・龍驤の防空網に守られつつ、金剛・比叡がナイルデルタの沖合を西進、現在英中東軍総司令官オーキンレックが所在すると思われるエル・アラメイン司令部を三式弾の一斉砲撃により撃破する。これによって中東軍全体の指揮系統を機能不全に至らしめ、その隙にポートサイドおよびイスマイリアで第25軍がスエズ運河を突破して、敵の主要拠点であるアレキサンドリア、カイロをそれぞれ攻略する。ムハンマド・アンワル・アッ=サーダートを初めとする現地の独立勢力と日本軍は既に連絡を取り合っており、英軍壊滅と同時にカイロにてエジプト人が独立宣言をする手はずとなっていた。
その後の第四段階は残敵掃討である。『エジプト独立国』の委任を受け、第25軍はイギリス軍の残党を徹底的に掃討する。これによって中東および北アフリカから連合国の勢力は一掃されるはずであった。
これまで、英軍には講和の打診をさんざん行ってきた。しかし英軍は米国の支援を期待してか、これに応じる気配はなかった。とすれば、日本軍としては『現実を突きつける』しかない。英国としても、さんざん苦杯をなめさせられた日本に勝てる見込みがあるうちは講和はしないだろうが、ここまで押し込まれてはいくら不本意であろうと講和が現実味を帯びるだろう。
(さて。そううまくいけばよいが。しかし不徹底な戦で後悔するようなことだけはあってはならない。我々はここで全力を尽くす)
「偵察隊は偵察範囲を広げよ! 英軍の動きがあれば爆撃隊を差し向け徹底的に撃破する! 戦艦および重巡部隊はスエズ近郊の英軍基地および部隊の撃破を完遂せよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます