第6節「エジプト決戦」
一九四二年七月五日朝。
エル・アラメインの英軍陣地はロンメル軍の猛攻を受けていた。
英国軍は地中海からカッターラ盆地までの隘路を防ぐ形で防衛陣を敷き、ロンメル軍の攻撃を防ぐ構えであった。
「この陣でうまくいくといいのですが……」
オーキンレックは傍らのプリシラに言う。彼としては、現在英国に用意できる最大限の防御陣地を構築したつもりだ。
エル・アラメインは、北方、つまり地中海から、南部のカッターラ低地にかけての幅五〇~60キロの平地のみが、唯一戦車が通行可能になっており、さながら回廊、あるいは豊かなナイルデルタに入るための関門のような地形だ。
オーキンレックはそこに、地中海側から順に、オーストラリア第九師団、南アフリカ第一師団、ニュージーランド第2師団、インド第五師団、第一機甲師団、第七機甲師団の六個師団を配置している。機甲師団を重点的に南に配置したのは、無論ガザラの時と同様、ロンメル軍が南側を突破して東側、つまり英軍陣地の背後に回り、包囲しようとすることを防ぐためだった。
「マルタが失陥したのは二〇日前だ。そう易々と補給が完了するとは思えぬが……これは楽観論かもしれんな」
プリシラはそう応じた。
この戦いの開戦当初、ロンメル軍は南アフリカ第一師団とニュージーランド第二師団の間隙を突き、一個師団を突入させてきた。これによって南アフリカ第一師団、および、この師団が守るエル・アラメイン市そのものを包囲する意図であったと推測された。オーキンレック大将はニュージーランド第二師団、及び最南端に配置した第七装甲師団にロンメル軍の右側を脅かすよう命じていた。
「敵の全軍は五〇両にも満たぬ、というのが我が軍情報部の予想でしたな」
「マルタ失陥以後の補給を前提とせぬならば、だ」
「――そこが苦しいところです。せめてその是非でも確認できれば良かったのですが」
「すまぬ。マルタを失っては地中海方面の索敵も満足にできぬ」
プリシラは短く謝罪した。
「ニュージーランド第二師団より報告! 敵右翼への攻撃は成功しつつあり! 敵は防御態勢!」
司令部付の通信兵が報告する。
「ふむ」
プリシラの口元に笑みが漏れた。オーキンレックもほっとして肩の力を抜いた。
この戦いは、ロンメル軍の勢いをどこかで押しとどめれば、後は戦車の数の差で押し返せると彼は見込んでいた。ニュージーランド師団に側面を突かせた戦術が上手くいったらしい。もともとロンメルにはそれに対処するだけの戦車がなかった――そう解釈するべきだろう。
「楽観論でよかったようだ」
「そうですな……あとは……後方の日本軍の攻勢がなければ……」
プリシラはそこでため息をつく。
「ウィンストンも頑固でな……。それが保障できないのがつらいところだ」
オーキンレックとプリシラは作戦図を見やる。
六月一五日の時点ではアンマン郊外、ザルカ市に陣取っていた日本軍は、ロンメル軍がトブルクを突破した二〇日、攻勢を開始し、手始めにアンマン、そしてエルサレムを陥落させ、ヤッファの英軍を包囲する構えを見せている。攻勢はそこで止まった、というのが英軍の分析であったが、今後さらに動きがあれば、スエズ運河に危機が迫ることになる。
そこで、蒼白な顔をした通信兵が報告した。
「カイロより報告! 『スエズ防衛部隊の敗残兵を収容。薄暮よりスエズの我が軍は日本軍の攻撃を受け壊滅した模様』、とのこと!『彼我の戦力差は圧倒的と思われる、救援を求む』と!」
「やはり仕掛けてきおったか!」
プリシラが拳で机を叩く。『レディ・プリシラ』がこのように取り乱すのを見るのはオーキンレックは初めてだった。
「エル・アラメイン港防衛隊より入電! 『ワレ沖合に戦艦見ゆ!』 繰り返す! 『ワレ沖合に戦艦見ゆ! ――掲げるは日本海軍旗!』」
「なんだと!」
今度はオーキンレックが叫んだ。目を見開き、司令部ビルの屋上に駆け上がる。
「なんてことだ……!」
彼が目にしたのは、巡洋戦艦と思われる二隻の艦艇であった。掲げる旭日旗が東方からのまばゆい朝日を受けて誇らしげにはためく。その艦型には妙な既視感があったが、その正体がなんなのか彼には分からない。
アレキサンドリアの我が海軍は何をしていたのか、と言いかけて、アレキサンドリア港に停泊中の戦艦クイーン・エリザベス、ヴァリアントはいずれもイタリア海軍コマンドの奇襲を受けて損傷していることを思い出した。空母イーグルはジブラルタルに停泊中、空母アーガスはマルタで日本軍の雷撃を受け撃沈された。
「バトルシップ『コンゴウ』! それに『ヒエイ』か! ……あいつら……!」
すぐに駆け上がってきたプリシラがオーキンレックの隣で叫び、ようやく彼は既視感の正体に気づいた。
(そうだ……あれは『コンゴウ』だ。我がイギリスが建造し、日本に売った……)
彼の思考は、巨大な爆音によってかき消された。
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