第3節

 


 千登勢玲次はクルセイダー巡航戦車の中で生きていた。チャーチルの砲撃を何発もくらって生きていたとは僥倖だが、身動きができなくなってしまった以上、戦力になり得ないのは悔しい。

 婦人兵が必死に戦っている中、自分として何ができるのか必死に考えていたが、砲塔の照準スコープから見える戦況が次第に理解不能なものになっていき、彼の思考と分析は混乱した。

 敵兵らが互いに攻撃し合っている。しかもかみつくという異常な攻撃方法で。しかも力も強くなっているらしい。

(なんだこれは……)

 すぐに連想したのはプリシラ・ブラッドフォ―ドの異常な行動だ。だがあのときのプリシラには少なくとも理性があった。だが今目にしている英兵らにはそれがないように思える。

(何が起ったのかはしらん……だが、アーバーダーン駐留英軍はこれで壊滅だ。友軍にとっては良いことであったといえる……この混乱がおさめられるのであれば、だが)

 混乱がおさめられるかどうかは、この吸血鬼のような異常な行動をとる英兵らがどのぐらい強いのかによる。爆撃をすれば普通に死ぬのか、それともそれでも死なないのか。何かの感染症にかかっておかしな行動をしているとしても生物にはちがいないので爆撃には耐えられないと思うのだが。

(いずれにせよ、外は危険だ。待機し続けるしかない)

 暴れ回っているのは英兵だけで、日本兵はいない。とすれば、どうやら友軍はこの混乱が始まる前に撤退したことは確かなようだ。とすれば、このまま戦車内で待機し、機を見て脱出して友軍と合流するのが妥当だろう。

行動方針を決めたあとは、ひたすら待機し続けた。

六〇分ほど経過した頃だろうか。

戦車の砲塔の上部装甲を乱暴に叩く音がした。

(吸血鬼か)

 おそらく装甲のたたき破るほどの力は吸血鬼にもないだろう。しかしハッチを壊すぐらいのことはできるかもしれない。

(とすれば……僕もいよいよここまでだ。……薫子少佐、後は頼みます)

 玲次はメモ帳に記した事態をメモした紙に、最後にこう書き付けた。

(吸血鬼と思われる敵兵がハッチを叩いている。小官は最後まで戦う。帝国に勝利を)

 しかし、次に聞いたのは懐かしい声だった。

「おい、聞こえるか、千登勢大尉。私だ! 救出に来た!」

「少佐!」

 玲次は慌ててハッチを開いた。

 神崎薫子が、満面の笑みで玲次を見ていた。

「生きていたか! 嬉しいぞ!」

 そのとき、玲次は心に誓った。

(ああ、この人のために、僕はこれからも戦い続けよう)

 と。

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