檻の中の雨

@mr_yopparai

第1話



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**第1章: 破滅の序曲**


俺と栞が結婚してから数年、日常の中にあるささやかな幸せを感じながら生きてきた。仕事に疲れ、生活に追われ、心に余裕をなくしつつも、二人で築いた家は静かな安心感に包まれていた。ミスチルの「君が好き」を聞くたび、栞と出会った頃の思い出が蘇り、その曲を口ずさむ度に俺たちの関係は壊れることのないものだと信じていた。


しかし、人は決して変わらないと思っていたその日常の中に、予想もしていなかった裂け目が生じた。それがどれほど大きなもので、どれほど俺の人生を揺るがすことになるのか、あの時はまだわからなかった。


その始まりは、下北沢のバーで出会った女性、**夕美**だった。彼女は俺にとってまるで嵐のようだった。彼女の視線が俺に注がれた瞬間、何かが動き出した。夕美はただの遊びではなかった。俺の中に眠っていた何かを目覚めさせる存在だった。


彼女は栞の存在を知りながら、まるでそれが障害ではないかのように俺に近づいてきた。彼女の魅力に抗うことはできず、気づいた時には俺も彼女に身を委ねていた。夕美との関係は、栞にはない新しい刺激だった。体の相性も抜群で、俺たちは肉体の欲望に溺れた。それでも、俺の心には栞への微かな罪悪感が残っていた。それが、俺を夕美との関係に完全には踏み込ませない抑制となっていた。


**第2章: 突撃事件**


しかし、そんな微妙な均衡は、突然破られた。夕美はある日、突如として我が家に現れた。彼女の姿を見た瞬間、俺は何か大きなものが崩れ落ちるのを感じた。彼女は玄関のチャイムを執拗に押し続け、ついに栞がドアを開けると、夕美はすべてを暴露した。


その瞬間、俺の世界は音を立てて崩壊した。栞の顔に浮かんだ表情は今でも忘れられない。驚き、失望、そして怒り。彼女は何も言わず、ただ冷たい視線を俺に投げかけた。そして、俺は家を追い出された。


それからの一週間、俺は夕美の家と実家を行き来する生活を送ることになった。どこに行っても、心に休まる場所はなかった。夕美は俺の側にいたが、その関係がすでに壊れかけていることは薄々感じていた。彼女もまた、俺との未来がないことをどこかで理解していたのだろう。


そして、一週間後、俺は夕美との関係を終わらせる決断をした。もう逃げるわけにはいかなかった。突撃事件によって、俺はようやく自分の愚かさを理解した。夕美に別れを告げ、これ以上この関係を続けることはできないと伝えた。


**第3章: 4時間の通話**


夕美との関係を終わらせた後、俺は次に栞とも別れる覚悟をしていた。栞が俺を許すはずはない。彼女は俺に失望し、もう俺に何も期待していないだろうと信じていた。だから、俺は栞に電話をかけ、別れを告げようとした。


しかし、栞は俺の予想を裏切った。彼女は電話越しに、俺を説得し始めたのだ。4時間にわたる通話の中で、栞は俺にやり直そうと訴えた。俺は何度も、もう無理だと言いかけたが、栞は諦めなかった。彼女は俺の鬱に気づいていて、そんな俺を支える覚悟を決めたと言った。


その言葉に、俺は戸惑い、そして救われた気持ちになった。俺たちは再びやり直すことを決め、俺は実家から栞の待つ家に戻った。夜中の一時、俺は車を1時間走らせ、栞の元に帰った。家に着いた時、栞は玄関に立っていた。その瞬間、俺は何かが変わった気がした。


久しぶりに二人で食事をした。中華料理店で静かに食べるその時間は、まるで俺たちが再び夫婦としての絆を取り戻すための儀式のようだった。だが、俺の心にはまだ重くのしかかるものがあった。


**第4章: 夕美との最後の夜**


栞と仲直りしたその前日、俺は夕美と一緒にいた。夕美はまだ俺との関係を続けることを望んでいた。彼女は俺に問いかけた。「もし栞と別れることになったら、引っ越し費用はどうするの?」俺は金がないから、彼女にいくらまで出せるか尋ねると、夕美は「30万円ならすぐに用意できる」と答えた。


だが、俺の心はすでに決まっていた。夕美に「さっきの話はなかったことにしてくれ」と伝え、もう二度と連絡を取らない、会うこともしないと約束した。夕美との関係を終わらせたのは、栞との未来を選んだからだった。


**第5章: 夜の訪問者**


しかし、夕美は俺との別れを受け入れることができなかった。次の日の夜11時ごろ、夕美は俺たちの住むマンションに現れ、オートロックをすり抜けて部屋まで来た。ピンポンを何度も押し、ドアをドンドン叩き続けた。30分ほどその行為は続き、栞は恐怖に震えていた。


俺たちは警察を呼び、夕美を追い返した。だが、ドアの郵便受けには傘が突き刺さっていた。夕美が完全に俺を諦めたとは思えなかった。栞の精神状態も限界に近づいていた。


**第6章: 宮城への逃避**


俺は栞の精神的な回復のため、彼女を連れて宮城県の実家へと向かうことを決めた。栞の父親が住んでいるその家は、俺にとっても逃げ場のように感じられた。俺は栞の父親に謝罪したが、彼は俺を優しく迎えてくれた。それが余計に俺の心を締め付けた。


俺は毎晩、ひとりで泣いた。自分の愚かさが、すべての人を傷つけてしまったことを痛感していた。俺が栞に対しても夕美に対しても、本当に正しい選択をしたのか、今でも答えが出せないままだった。


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**エピローグ: 過ちの重さ**


俺は栞も夕美も、二人の女性を深く傷つけてしまった。それが俺にとって最も痛い現実だ。栞には決して言えないが、俺は夕美に対して本当に申し訳なく思っている。彼女がこれから背負う慰謝料、そして突然俺を失った喪失感がどれほどのものか、俺は考えるだけで心が苦しくなる。


夕美、どうか俺を許してほしい。あなたにはもっと幸せになれる道があるはずだ。俺がその道を閉ざしてしまったことが、今でも心に重くのしかかっている。どうか、早く新しい誰かと出会い、幸せを手に入れてほしい。俺があなたを幸せにできなかったことが、ただただ悔やまれる。


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