第3話「風変わりな家族」

不思議な家族

=================================


「おはよー」


「おはよう」


「おはよう、今日の朝ごはんは豆乳と焼売と目玉焼きだよ」


 挨拶をしながらリビングに入ると、お母さんと龍輝さんと芽衣ちゃんが既にいた。


 テーブルに料理を載せているお母さん、ソファに座って本を読んでいる龍輝さん、その隣で座っている芽衣ちゃん。

 この光景を2か月近く見ているはずなのに、まだどこか不思議な感じがする。


「今日は起きるのが遅かったね」


「休日だし、幼稚園がないから、夜遅くまで小説を読んでた」


「目と体調には気を付けてね」


 龍輝さんは本を閉じて、少し心配そうにそう言った。僕は頷きながら、ソファに座ってリモコンでテレビをつけた。


 座り心地が最高なソファに対して、絶対高い高級品という感想を抱きながら、隣に座っている芽衣を横目で見た。


 結構時間が経ったな。

 そんなことを考えながら、ここ何か月のことを思い出し始める。


 龍輝さんと芽衣ちゃんとの初対面から約3か月が経った。


 最初の2、3週間は龍輝さんと芽衣ちゃんが家に遊びに来るようにしていた。でも、3週間目で龍輝さんは一緒に住む提案をして来た。


 僕とお母さんが住んでいたところはいいけど、そんなには広くないし、龍輝さんたちの住んでいる場所まだ見たことないから、その日は見に行くことにした。


 まさかこんないい家とは思わなかった。


 裏庭には池があるし、芝生もとてもいい感じ、億万長者の家ほどの大豪邸まではいかないけど、普通にデカい。ベッドは全部ダブルサイズ以上だし、バスタブも大きい。高そうな花瓶や掛け軸も飾られている。


 4人で住むには丁度いい家、いや、6人でも、8人でもいけそうだけど。普通に問題なく4人で住み始めた。


「準備できたよー」


 お母さんの呼び声を聞いて、ソファに座っている僕ともう二人は起き上がってテーブルの方に向かった。


 席に座り、少し砂糖の入った豆乳を飲み、いつもの感想を呟く。


「美味しい」


「良かった」


 お母さんもいつもの笑顔を返してくれた。


 龍輝さんの家に引っ越して住めたのは、驚くべきことだが、一番驚くべきことは4人でいい感じに生活できているということだ。


 あの日、僕のイエスという答えとお母さんの大丈夫で始まった生活だが、何一つ問題がない。

 お互いを知って、嫌な一面を見つけることもあると思ったが、特になにもなかった。僕の判断が間違っていたかもしれないという心配も無駄だった。


 龍輝さんは家事もできるし、料理も上手。穏やかな性格で嫌なところはない。仕事は執筆で、家によくいるし、家事などもちゃんと分担して、愚痴もなにも吐かない。喧嘩や不満の火種の欠片も作り出さないような人だ。


 面白い本を勧めてくれるし、ゲームにも付き合ってくれる。同年代の子とはあまり趣味が合わない僕にとっては、気の合う友達のように思える。


 芽衣ちゃんはあの時の印象の通り、無表情で冷たいが、悪い性格はしていない。


 でも、少し驚いたのは、予想以上に他人を受け入れていないことだ。家では挨拶に対して頷きを返したり、たまにおやすみやありがとうと呟いたりするが、外出する時、言葉一つ発しないことが当たり前のようにある。


 家族じゃなかったら、話しかけても基本無視されると思う。


 きっと、家族という関係じゃなければ、彼女にとって、そこらへんにある石ころとは変わらないだろう。


「ヒロちゃん、また考え事をしているの?冷めちゃうよ」


「ごめん、今食べる」


 手を動かして、焼売を口に運ぶ。


 美味しい


 味覚で感じるもち米と肉の味に幸せを感じながら、自分のことについて考える。


 龍輝さんと芽衣ちゃんと初めて会ったあの日、僕にはある変化が起きた、いや、変化が強くなったというべきか。

 前よりも、思考が回るようになった。出てくる言葉、語彙も少し良くなった気がする。


 龍輝さんが普通ではない、何かを感じ取ったことで、僕の感覚が鋭くなったようだ。


 直感というものを信じてきた僕、危ないと感じた場所や嫌な気配をしたところには近づかなかったが、この感覚は一体なにか、あまり考えてこなかった。

 自分は普通じゃない、他人より直感がすごいという考えで止まっていたが、実際はどういうものだろう。


 そんなことを考えながら、テレビのニュースを見つめて朝食を口に運び、お母さんと龍輝さんと雑談する。


 30分くらいの朝食タイムが経ち、ごちそうさまの言葉で締め、片付けをしているお母さんと龍輝さんに一言を告げ、僕は芽衣を連れて2階の自分の部屋に向かった。


 部屋に入り、僕は椅子を引いた。


「どうぞ」


「ありがと」


 芽衣は小さな声で感謝を伝えてくれた。


 その言葉に強い感動を覚える。まだ3か月経っていないはずなのに、本当の妹のように思える。お母さんも芽衣を娘のように思っている。


「数学から勉強しよう」


 芽衣は小さく頷く。


 龍輝さんに芽衣の家族になって欲しいと頼まれ、はいと答えた僕は仲良くしようと色々考えて試した。


 芽衣は外に出て遊ぶことに対して興味はなく、可愛い動物にもそれほど関心を持たない、映画などの作品は一緒に見てくれるが、反応を見せることはとても少ない。


 ホラー作品で驚く様子を見せることはなく、恋愛物はよくわからない様子だった。好きなジャンルはまだ模索中。


 でも、勉強に対しては、関心を持っている。

 それに気づいた僕は、一緒に勉強するようになった。わからないものがあれば、聞いてくれるし、書く字を通して芽衣について理解できているような気がする。


 問題集を開いて、シャーペンを持って一緒に問題を解き始める。


「これの公式はこれだよ」


「ん」


 数字を書き始める芽衣を見て、仲良くなった実感がする。


 頷きだけで返事をしていた芽衣から、初めて感謝の言葉を聞いた時のことは今も覚えている、初めておやすみと返してくれた声もよく覚えている。


 最初は本当に溶けない氷山のような感じだった。


 正直こうして一緒に勉強ができることが奇跡のように思える、家族という関係にならなければ、会話することもなかっただろう。


 ここまで話せるようになったのは、僕の努力もあったはずだ。


 でも、芽衣と一番仲良くできているのは龍輝さんだ、赤ん坊の時からずっと一緒にいたと龍輝さんから聞いている。

 その二番目がお母さんだろう、お母さんはとても芽衣のことを気にかけている、料理をする時も芽衣の好みを気にしている。芽衣もお母さんには返事をすることが多い。


 ちょっとやきもちしそうになるが、お母さんの言葉を聞くとその気持ちもなくなる。


 気づかないうちになくなってしまいそう


 お母さんはそう言っていた。その気持ちはよくわかる、いや、ひょっとしたら、僕の方がそう強く思っている。

 だって、本当にいつの間にか亡くなってしまいそうな気がする。


 初めて、芽衣の手に触れた時のことをよく覚えている。


 夜9時くらいの時、芽衣からもの受け取った時に触れた。最初に思ったのは、まるで死体みたいだ。死体を見たことも触れたこともないのに、そう思ってしまうほどの冷たさがあった。


 芽衣は、どう思っているんだろう。


「芽衣ちゃんは、お母さんのこと好き?」


 気になってしまったことをそのまま口に出した。芽衣は質問を聞いて、十数秒の沈黙の後、ゆっくりと僕の方に向いた。


「好き」


 小さな声だけど、確かにそう聞き取れた。


 正直返事が返ってくるとは思わなかった、頷きが返ってくるのは限界だと思った。

 そう思っていると、一つの期待が湧いてきた。


「僕のことは好き?」


 二つ目の質問を聞いた芽衣は少し僕を見つめ、ゆっくりと問題集の方に向き直した。


 お母さんのようには、上手くいかないか。


 そう思いながら、僕はもっと頑張ろうと決心した。


 △▼△▼


「龍輝さんたちは何してるの?」


 襖を開けると、龍輝さんと芽衣は胡坐で畳の上に座っていた。


「ちょうど良かった、尋斗くんにも教える予定だったから」


 何のことがわからないが、僕は部屋に入り、芽衣の隣に同じ姿勢で座った。


「私が教えるのは北家で代々伝わる瞑想法だ。まぁ、それほど難しいものでもなければ、特別なものでもない。二人なら簡単にできるようになると思う」


 龍輝さんは少し真剣な顔でそう言った。


 瞑想、僧侶や修行者が行うイメージがあるけど、なぜ龍輝さんはそれを教えるのか、僕は疑問に思ったが、代々伝わるものなら、何か効果や意味のあるものなのだろう。


  それより、瞑想法があるとか、龍輝さんの家はやっぱ凄い家だな。


「最初の姿勢は自分にとって一番居心地のいいもので大丈夫、理想はあらゆる姿勢で瞑想できるようにすることだが、今はその姿勢でやってみよう。背筋を伸ばし、体をリラックスさせ、目を瞑り、深呼吸を行う」


 僕は龍輝さんの言う通りにして、瞑想を始めた。


「そうだ、呼吸は心臓の鼓動5回を目安に切り替え、切り替えるときは一拍を置くと良い。そこから自分に合わせて調整していく。思考は無にして、雑念を脳からなくすようにする。うん、悪くない」


 思考を無にする、普段思考を良く回している僕にとって、難しそうなことだが、今はなぜか少しずつできるようになっている。


「すぐに思考を無にして、感情を落ち着かせられるようにするのが、基本の型だ。心と体の統合に重心を置いて、己の全てを把握できるようにする、それが目指す理想の一つ。これができるようになれば、次は感情の完全のコントロールだ。喜怒哀楽、これらの感情を自由に起こし、強くし、そして、鎮める」


 龍輝さんの言葉はスムーズに僕の脳に入った。


 この瞑想の目指す理想は僕にとって難しいように感じるが、なぜか、いつかできるようになる自信がどこかにある。


「毎日これを朝と夜に二回、時間より質を重視。歩歩(ほほ)是(これ)戦場(せんじょう)、息(そく)息(そく)是(これ)人生(じんせい)。これが北家の教えの一つだ」


 質を重視、歩歩(ほほ)是(これ)戦場(せんじょう)、息(そく)息(そく)是(これ)人生(じんせい)。心を無にして、体と統一させる。


「うん、そのままだ」


 このまま、このまま……


 … …


「よし、とりあえずはこれでいいかな」


 龍輝さんの言葉で意識が戻る。長い時間が経ったような気がするが、体は違うと言っている。瞑想とは、こんなにも効果があるものなのか。


「二人とも上手だね」


「ありがとうございます。その、どれくらい時間が経ちました?」


「6分20秒くらいかな」


 予想の倍以上の数字に驚くが、体と心を休められたおかげか、感情はとても落ち着いている。


「そろそろ朝食の時間になるから、リビングに行きましょうか」


「うん」


 ゆっくりと立ち上がり、龍輝さんについていくように、部屋の外に出ようと数歩歩いた時、右手を掴まれた。


 振り返ると、芽衣は僕の右手を掴んでいた。


 そういえば、まだおはようを言っていなかったな。


「おはよう、芽衣ちゃん」


 挨拶を聞いた芽衣はゆっくりと頭を上げ、僕を見つめた。しかし、何も返ってこなかった。


 普段なら頷いてくれるか、運が良ければ、小さな声でおはようと返ってくる。今のような無返答は初めてだ、いや、こうして手を掴まれて、無言で見つめられるのも初めてだ。


「どうしたのかな」


 芽衣は変わらず無言で見つめてきた。


 僕、何かやらかしたのか。


 挨拶しただけだと思うが、いや、おはようの後に芽衣ちゃんと言ったのがまずかったのか、普段の俺は直接面と向かって芽衣ちゃんと呼んだことがあまりなかったから、それが良くなかったのかもしれない。


 そう考えると、さっきまで落ち着いていた気持ちが、突然不安へと変わる。芽衣は直接僕のことを名前で呼んだことがない、それなのに、僕は確認せずに、芽衣ちゃんと呼んだ。


 良くないな。とりあえず、なんと呼べばいいのか、確認した方がいいのかもしれない。


 そう考えていると、芽衣の手を握る力が強くなった気がする。その変化に気づくと、僕は芽衣の顔を見た。

 あまり表情の変化を見せなかった芽衣が、何か言いたそうにしていた。


「なんでも言っていいよ、僕のこと好きに呼んでいいし」


 僕の言葉を聞いた芽衣はさらに手の力を強めた。あれ、今の言葉、何かまずかったのか。


「おっ」


 芽衣の口から、その一音が聞こえた。

 お?なんだ、お馬鹿、お化け、お、


「お兄ちゃん」


 予想外の言葉が返ってきた。

 え?お兄ちゃん?


「おはよう」


 付け加えるように、挨拶が返ってきた。感情の起伏がゼロのように思える声だが、恥ずかしい感情と努力が感じられる。


「あ、ありがとう」


 僕は感謝の言葉を返す。それを聞いた芽衣は頷き、扉の方に歩いた。思考も感情もまとまらない僕は、そのまま芽衣が部屋から出るのを見守った。


「妹ができた」


 喜びと恥ずかしさは、達成感として胸の中でまとめることが出来た。


================================

前世の時から欲しかった妹ができて、無意識に喜んでいる主人公

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る