第7話

 歩道に最も近い車線の最前列を陣取る。隣は大型トラック。バイクのハンドルをぐるぐる触って信号が変わるのを待つ。進み出すとトラックが車線変更を始めた。

「椿さん、危ないっ——!」


 目を開けるといままでいた現代の車道ではなく、舗装なんてものを知らない砂埃が立つ足もと。身体に響く轟音。揺れる大地。ひたすら、行くあてもなく走り続け、視界に入ったそれは星が描かれた細い機体。

(米軍機か…。また……)

 手を伸ばせば届きそうと思えるくらい低空を飛ぶそれは機銃掃射を始めた。規則的に光る視界。次々とできる死体ひとの山。熱くて、寒くて、止まることも許されない。供養をする暇なんかない。ただ、生きなくちゃ。進まなきゃ。遠く後方から聞こえる同じ音。

(僕も、死ぬのかな…)

 死を悟っても、あと数分数秒の命でも、少しでも長く生きたい。生きたい。こんなところで死にたくない。こけそうになりながら、躓くものなんてないのにうまく前に進めなくて。それでも止まりたくない。止まれない。

(ッ——‼︎)

 いま見えた、パイロットが笑っていた。

(そうか、そうだよな…。もういいよ……)

 椿は足を止めた。

(もう、どうにでもなれ…)

 逃げ走る人の中でひとり、立ち尽くす。その身体にいくつもの穴があいた。

(あったかい…な……)



 バザッ

「はぁ、は、ん、ぁ…」

(また、この夢…)

 身体が重い。勢いで起き上がったものの、すぐ重力に負けた。

(熱い、重い、痛い…)

 夢で撃ち抜かれた場所を見る。当然だが、傷なんてない。傷はないのに身体はあの衝撃と痛みを覚えている。

「椿さん…」

 翼はトレーの上のコップを取った。水の冷たさが沁みる。気持ちがいい。もう一度横になってスマホにメモを始めた。


 ——バイクで事故に遭った。やはり飛ばされた先は陸戦地でひたすら逃げ回った。しかし、パイロットの嗤った顔を見て全てがどうでもよくなって足を止めた。当然、身体には風穴がたくさんあいた——


 打ち終わって目を閉じた。視界は真っ暗なのに何故かぼわぁ…と光を感じる。

 目を開けると外は真っ暗で重い身体を起こしてカーテンを閉める。照明が眩しい。

(チカチカする…)

 明かりに目を慣れさせる。ドアノブを掴むまでも遠く感じた。リビングで夕飯を摂ろうとしたのに限界だ。部屋の奥でLINEの着信音がなった。ノロノロとスマホを置いた布団へ歩く。

【ご飯食べれそう?無理ならゼリー持ってく】

【ゼリーで】

【おけ】

 返信を既読して、再び布団に潜った。

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