第6話

 黒板の文字を写しながら話を聞き流すこと四十五分を四回。昼休みを迎え、一層賑やかになる教室。購買に走る者、持参したものを食べ始める者、ゲームを始める者、グループで集まって雑談を始める者。過ごし方は人それぞれだ。しかし、快翔はそんなことよりも隣人が気になって仕方がない。

「おい、花宵。いい加減休めって」

「だからなんともない」

「嘘だろ」

「黙って」

 小声でやりとりする。翼はいい加減黙れと視線を送った。

「…わかったよ」

 快翔が折れる形で決着がつき、弁当を開けた。

(なんなんだよ、こいつ…)

 明らかに無茶。それは本人もわかっているはずだ。他の誰が気づかなくても自分が気づいてしまった。放ってはおけない。でも彼女はそれを拒絶した。

(俺がもっと、鈍感なら…?)


 五時間目、六時間目と過ぎてHR。

(なんとかやり切ったな)

「今日の連絡事項はありません。解散!」

 担任の勢いある声の後、一斉に動き出した。掃除当番や委員会、帰宅準備など。快翔が今日は絶対に、と注意する。それなりに急いで片付けて翼を追う。もちろん、悟られぬように。

 二階。防火扉の影に快翔は引き込まれた。

「…何様のつもり」

 いつぞやよりも低く、安定した声。しかし、掴まれた腕を通じて翼の体温は伝わっていく。

「やっぱお前熱いじゃん」

「だからなに」

「体感、八度ありそうだけど…?」

 睨み、腕を解いたあと黙って翼は歩き出した。

(なんなのアイツ、他の奴らと何か違う)


 三度ノックして入る。強くはないが、独特な、消毒液の匂い。

佳奈かなちゃん」

「翼ちゃん」

 壁際にある体温計をケースから出し、脇に挟む。ビピピ…と音が鳴り、現実に直面する。信じたくない数字。

「八度二分…」

「明日はお休みだね」

「え」

「昨日は七度四分だったからギリギリいさせてあげられたけど、八度超えは休んで」

「言うの…?」

「無理そう?」

「こわい」

「私が伝える?」

「…お願いしてもいい?」

「わかった。そう伝えとくね」

「ありがと」

「気をつけて帰ってね」

「ん」

 保健室を出て、翼は教室に向かった。

(そういえばアイツ、帰ったかな)

「あ…」

 暗いと思っていた教室は明るく、いままさに照明が落とされるところだった。

「花宵」

 声の主は隣の男。

「……。」

「明日は休めよ?じゃあな」

 そう言って快翔は教室を出た。

(全部、見抜かれているのかな…)

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