第5話
快翔が教室に着くと四つ折りにされた無地の紙が机に置いてあった。開いてみるとそこには
——連絡先を交換して頂けますか?
つばさ——
(うん、何を考えているんたろうな、俺の隣人は!)
内容を確認して折り目の通りに折り直し、ブレザーのポケットにしまった。
(さて……、)
椅子にブレザーをかけて返事を考える。
——ば、おーば、桜葉ってば!
「んだよ、海星。何の用だ」
意識を現実世界に引き戻し、出た声は低かった。
「ん?お前今日ご機嫌ななめ?」
「いや、そんなつもりないけど」
「ならいいけど」
「で?」
話しかけてきたからには用事でもくだらない話でも何かはあるはずだ。
「これ、花宵さんに渡せっつわれたんだけどどうしたらいい?」
「なぜ俺に訊く…?」
渡されたのは一冊のノート。表紙には何も書いていない。裏に『つばき つばさ』と書かれているだけ。悪いと思いつつ、中をパラパラとめくっても瞬時には解読できない。確かなのは二人分の筆跡があること。
「お前隣だし?知ってんだろ?あの花宵さんとまともに会話できたヤツだって話題になってる」
「あー…それは知ってる。てか彼女、話そうと思えば全然話せるぞ?」
「そーなのか…?」
俄かに信じがたいと、イメージがしづらいと顔に書いてある。だが、海星は翼に人間味を見出そうとしているひとりだ。
「疑いの目を向けないでくれ……」
「…ごめん。信じ難くて」
それでも努力虚しく…な日々が続いていれば当然、進展はない。そもそも、隣人でもなければ自然と話す機会はない。そして自ら話しかけるキッカケもない。
「…『目は口ほどに物を言う』って言うだろ?それだ、彼女は。で、たりないものを音声で補ってる感じ」
「っつぁ⁈そりゃ、オメーだから使える手段だろ⁈」
「…そうだったな…?そういえば」
「おいおい、それ忘れんな……頼むぜ?」
「善処するよ」
「お前の『善処する』『考えとく』『また今度』『そのうち』は九割期待できねぇよ…」
「一割に賭けてみてくれ☆」
「無理☆」
「で、それ、お前に託すわ」
「えぇ〜……。、」
そう言って海星は自分の机に戻った。
(まじどうするよ…)
アテもなく、無難に隣人の机の中に入れた。
姿を現したのはチャイムが鳴る直前だった。それでも彼女は慌てることなく教室に入り、席につく。HRが終わって一時間目が始まるまでの僅かな時間。
「花宵、大丈夫か…?」
「何が」
(何が、とな…)
「具合悪いでしょ?」
「別に」
(はぁぁぁ?!こいつは……)
一度確信に変わったものが外れたことのない快翔にとって、いまの翼は事実を認めたくない子供に見えた。だが、無理矢理休ませるほどに関係は築けていない。
(どうしたものか…)
快翔の心配をよそに授業を始める鐘が鳴った。
「まだチャイム直ってなかったのか…」
「誰か知らんけど先生お疲れさん」
呆れぎみの労いが広がる。
「始めるよ〜!」
教科担任の声で切り替えた。
「じゃあ、椎名先生、よろしくお願いします」
「は〜い」
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