第15話:後日談

………頭の下に温かくて柔らかい何かがある。

炎に焼かれてチリチリになった毛を梳く細い指が心地よい。

ずっとこのまま過ごしてこのままゆっくりと死んでしまいたいと思うほど快適な環境だった。

だがそろそろ目が覚めてしまう、重い瞼をゆっくりと開ける。

ぼやけた視界がだんだんと鮮明になってくる。

視界の殆どを占領していたのは、女神のご尊顔だった。


もう一度言おう、女神の御尊顔がそこにある。



「おやすみなさい」


現実を受け入れることができずもう一度瞼を閉じた。

きっとこれは夢だ、もう一度起きたらきっと自分の部屋で起きるはずだ。


「私の膝枕で二度寝しようだなんて、キミはいつから傲慢になったのかな?」


夢ではなかったようだ、細い指につねられた頬が痛い。


「………何してるんですかマナさん」


「頑張ったキミにご褒美の膝枕さ」


「ああ…僕ぶっ倒れたんでしたっけ」


寝る前の記憶が徐々に戻ってきた。

確か商会に乗り込んで、気にくわない髭面炎魔術師と戦って死にかけて、火災に見舞われた屋敷から脱出できずに死にかけて、もう1人の自分である鮫の悪魔フォルネウスを受け入れることができて、そしたらなんか水魔法が暴走して死にかけて、フォルネウスに助けられて、なんとか地下牢に閉じ込められた人達を発見したところで倒れたはずだ。

よく考えたらずっと死にかけている気がするが、まあ生き残っているし良しとしよう。


「文字通り全てを出し尽くしたんだろうね、キミはあの後1日中寝てたよ」


「マジすか………」


長時間眠っていたんだろうなとは思っていたが、まさか一日中眠っていたとは想像できなかった。

冷静になった僕は一つの疑問を得た。


「1日中って、マナさんずっとこの状態なんですか?」


「残念ながら動かないキミを送ってから一度ギルドホームに戻ってね、それからキミの反応が面白そうだと思ったから膝枕をしてたのさ」


「期待して損しました、あと3日はここからどきませんから」


「強情だね、まあ少しぐらい構わないよ」


まさか一日中看病してくれているのかと期待して大損した。

しばらくはその美しすぎるご尊顔と後頭部の幸せな感触を堪能させてもらうことにする。

生きているうちに二度と遭遇しないであろう状況だ、今のうちに堪能しておかないとより損である。

幼子をあやすように頭を撫でるスベスベとした手が心地よい。


「そういえば、あの後どうなったんですか」


気になるのは僕が気を失った後に何があったかだ。


「“隷属の首輪”を付けられて地下牢に監禁されていた人達は無事だよ、中には毒が体に回り始めていた人もいたが、キミが地上に繋がる大穴を開けてくれたおかげですんでのところでなんとかなったよ」


僕の命をかけた決死行が報われたようで、誰1人として命を落とすことがなかった事実に安堵して体の力が抜けた。

思わずふうと息を吐いてしまうがこれぐらい問題ないだろう。


「商会は全財産を没収、首謀者の会長と幹部はブタ箱行きさ」


あのよく肥えた会長にはブタ箱がよくお似合いだろう、いけ好かないあの髭面魔術師がどうなっているかは知らないが、大きな声で煽ってやりたい。

最も、そんな気力ですらこの膝枕の前には無力に帰すのだが。


「私とはいえあんなに炎の燃え広がった屋敷から死者を出さずに救出するのは難しかっただろうね、キミが試練を乗り越えてくれたおかげだよ」


マナさんの微笑みがより可憐に咲き誇る。

試練を乗り越えたと言っても、事前にマナさんに予言してもらわなければうまくできるかわからなかった。

結果的に強くなることができたのはマナさんのおかげだ、感謝しても仕切れない。


「というかなんなんですかあれ、もう受け入れちゃってるけど」


「フォルネウスのことかい?」


「なんで名前知ってるんですか怖い」


さらっと重要なことを言ってくるあたり本当に掴みどころのない人だ、知っていたのだが。

マナさんだからそういうのが許されるんだと思う、これだけ美人だったら何をしても許されるのだろう。


「まあ諸々の説明はギルドホームでしようか、その方が手っ取り早いだろうしね」


嫌な予感がする。

この楽園から引き剥がされそうなとてつもない嫌な予感がする。

そして嫌な予感ほど当たってしまうのだ。


「さ、立ち上がってくれ、ギルドホームに向かおうか」


「嫌ですぅぅぅ!?」


意地でも離れないつもりだったが身体が勝手に立ち上がる。

マナさんの傀儡となってしまったように立ち上がり、デモンズユナイテッドのギルドホームに勝手に向かってしまう。


「なんなんですかこれ!」


「キミのフォルネウスと同じようなものさ、私のアスモデウスの能力でね、私に魅了された人は私の命令に逆らえないのさ」


「い、いつ僕がマナさんに魅了されたと!?」


何がなんでも先程まで堪能していた楽園に意地でも戻りたかった。

だから僕は意地を張ってマナさんに聞いていた、僕があなたに魅了されることなんてあり得ませんよとアピールするように。

とうのマナさんはそれを読んでいましたとでも言いたげにニヤッと笑った。


「残念なお知らせだが私には人が魅了される瞬間がわかるのだよ」


「左様でございますか」


「キミが私に魅了されたのは5年前のあの日さ、だがあれは魅了というよりは………」


墓穴を掘ったことに気づいた。

意地なんか張らなければよかったと後悔した、すでに遅いのだが。

それ以上言わないでくれという顔をマナさんに向けるも、マナさんは間違いなく気づいていても僕の反応が面白くて仕方ないだろう、無情にも言葉の続きは紡がれてしまった。


「魅了というよりは、一目惚れだったね」


「急いでギルドホームに向かいましょう、早いに越したことはありませんからね」


僕の1番と言ってもいい黒歴史、“白銀の戦乙女”という偶像に騙されてその幼すぎる性格に微塵も気づいていなかった時に僕は不覚にもマナさんに惚れてしまった。

マナさんの僕をいじり倒してくるこの性格を知ってから深く後悔した黒歴史だ。


早口に捲し立てて何とかして誤魔化そうとするが、それは無意味だった。


「流石の私も出会ったばかりの少年に一目惚れされるとは思わなかったよ」


「ほら!行きますよ!!」


マナさんの細くて折れてしまいそうな腕を引っ張って外に連れ出そうとする

もはや楽園を取り戻す計画は破綻した。

僕はこの僕をいじることを優先してしまった面倒くさい恩人をギルドホームに連れ出すことが最優先の計画となった。

この後、30分ほど腕を引っ張りながら辱められることを僕は知らなかった。





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