第14話:ヴェラ・アズール②
青い帆という意味の英雄の名を与えられた魔法は、文字通りその場に海を呼び出す絶技だった。
巨大な魔法陣から僕の魔力を元に生み出された大量の水が噴出し、燃え盛る屋敷を海底の遺跡へと変える勢いで噴出し続ける。
海龍の咆哮が轟いた荒れ狂う波に身体が流されないように、漆黒の剣をもう一方の剣と同じように地面に突き立てて全力で柄を握る…
両手で二振りの剣を全力で掴んでいなければ荒波に飲まれてしまいそうだった。
燃え盛る屋敷に呼び出された海は火という火を瞬く間に飲み込み続け、とうとう屋敷に燃え広がった炎の全てを鎮火させることに成功した。
「………がぼっっ!?」
しかし炎を全て消し去ってもなお純白の剣は僕の魔力を吸い込み続けて荒れ狂う波を止めることを許さない。
術者自身に魔法は効きにくいとはいえ、流石にもう僕の息がもたなさそうだった。
咆哮が聞こえる、荒れ狂う海龍の咆哮だ。
それに呼応して波は荒さをどんどん増すばかりだ。
___クソッ!鎮まれ!!言うことを聞け!!!___
心の内側で暴れ続ける海龍を止めるべく心の中で海龍と激闘を繰り広げていた。
しかし海龍は鎮まる気配が少しもない、このままでは僕の方がこいつに支配されてしまう。
___クソッ!!あとはこいつを止めて地下牢に穴をぶちあけるだけだって言うのに!!!___
空気を取り込むことができず意識がだんだんと遠のいていく、このままだと海龍に支配されてしまう気がした。
俺を使え
頭の中でそう聞こえた気がした。
閉じてしまった瞼がかっと見開かれる。
残り少ない魔力のほとんどを純白の剣ではなく、漆黒の剣に注ぎ込む。
その残りわずかな魔力にもう1人の僕、フォルネウスは応えてくれた。
真紅の紋様が光り輝き、フォルネウスが今その力を解放する。
僕の影が四方八方に伸び、影の中に水が吸い込まれる。
海の覇者の如き勢いで召喚された荒波を吸い込み続ける。
残りの魔力がほぼ全て漆黒の剣に注ぎ込まれたことにより水は生成されなくなり、ついには影が呼び出された海を飲み込んでしまった。
「がほっ!?ごほっ!?げほっ!?」
急に飛び込んできた空気に肺が驚き、むせ返ってしまう。
僕の命を救ったのはつい先程まで恐れていたもう1人の僕だった。
身体中がびしゃびしゃを通り越してぐしょぐしょで気持ち悪いが、熱くなっていた身体が冷えたのもあって心地良くもあった。
「はぁ………はぁ………とんだ暴れ馬、いや暴れ龍だな………」
純白の剣が司るのは“水”、もし今のを制御することができればきっと僕は更に強くなることができるだろう。
そして漆黒の剣が司るのは“影”、大量の魚を喰らい尽くす鮫のようにその影で何もかもを喰らい尽くすことができるようだ、もうある程度の制御はできるがまだ伸び代がありそうだった。
僕の心に宿っていた悪魔フォルネウス、受け入れることができて更なる力を得ることができた。
しかし“ヴェラ・アズール”を使った時に見えた僕の心に巣食う海龍の姿、あれを受け入れることは今の僕には難しそうだった。
「………今は後回しだな」
今はそれどころではない、僕にはやらなければならないことがある。
たった今、僕の真下には地下で助けを求める声がある。
炎魔法によって発生した毒によって生死を彷徨っている可能性がある。
入り口を探すよりは今ここに、髭面の魔術師を出し抜いた時と同じように大穴を開けた方が地下牢の状況確認に換気も同時にできるだろう。
今なら大量の水を吸水して地面もぬかるんで柔らかい、それにフォルネウスを使えば綺麗に穴を開けられることができるはずだ。
純白の剣から左手を離し、漆黒の剣を両手で握る。
これが最後だ、全身という全身から魔力を搾り出して漆黒の剣に注ぐ。
雀の涙ほどの魔力だったが、フォルネウスは応えてくれた。
僕の10歩前方に半径3mぐらいの円を影が作り、徐々に土を飲み込んでいく。
時間をかけてついに地下牢と地上が繋がる。
泣き出してしまいそうな、光を失った虚な目をした小さな少年と目が合う。
身体を無理やり動かして笑みを浮かべる、きっと不格好でくちゃくちゃな笑顔だっただろう。
「………泣くな………寝覚めが…悪く…なる………」
身体から力が消え去り、僕は前方に倒れ込む、今日1日で全てを力も魔力も全てを出し尽くしたのもあって、もう身体が限界だった。
僕が倒れ込んだのはぬかるんで冷たい地面ではなかった。
温かい左腕、軍服を模した服の袖がやけに特徴的な温かい左腕だ。
視界の端から銀を溶かしたような髪が垂れている。
右手には5年前僕を救った時に握っていたワインのように真紅の輝きを放つフランベルジュが。
「1人でよく頑張ってくれたねシェイル君、私が来たからにはもう大丈夫だ」
少しおどけるような口調の鈴を転がしたような綺麗な声、マナさんだ。
「あと…は………たのみ…ます………」
「承ったよ、後は任せてゆっくりと眠るんだ」
マナさんの言葉に僕は意識を手放した、後はマナさんに任せれば大丈夫という絶対的な信頼があった。
熱くも冷たくもない感覚が心地よかった。
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