第13話:ヴェラ・アズール①
窮地に陥った時、多くの人は神に縋るだろう。
神様どうかお救いくださいなんて、よく聞く言葉だ。
しかし僕は知っている、神様なんてこの世には存在しないことを、いたとしても薄情者だということを。
でなければあの日僕は絶望なんてしなかった。
ずっと信じてきた神様に裏切られた僕に宿ったのは神様でも天使でもなく、悪魔だった。
炎の中心に立っているはずなのに不思議と熱いとは微塵も感じない。
先程までの感覚の無さとは違う、何かに守られているような感覚だ。
5年前のあの日から僕にとって恐怖の象徴だった炎だって、今なら微塵も怖くない。
今なら、なんだって出来そうな気がした。
引き抜いた二振りの剣を見る。
僕に宿っていた別の自分の姿であるフォルネウスと同じように峰がギザギザしていて凶悪な見た目の漆黒の片刃の刀身に赤い紋様が刻まれているロングソードと、同じようにギザギザの峰も持つ片刃の純白の刀身に薄らと青い紋様が刻まれ、柄との間に拳ほどの大きさの青い宝石がついたショートソード。
長さの違う二振りの剣、歪な二刀流だ。
二刀流なんてやったことないが、不思議と今ならできる気がしていた。
瓦礫の山から飛び降り、床が焼けて丸見えになった地面に着地する、身体がとうに限界を迎えているのか痛みは感じなかった。
漆黒の刀身を地面に突き立て瞼をそっと閉じる。
剣を逆手に握る右手から魔力が吸い取られ、赤い紋様をなぞるように光が伝播していく。
まるで波のように辺り一帯の音を全身で感じられる。
逃げ惑う使用人や門番の声、火事だと辺りに知らせる大声、捕縛されて全てを諦めた会長の声、目的の地下から聞こえる絶望した声。
そして最後に、まるで僕が聞こえていることがわかるように語りかけてくる鈴を転がしたようなマナさん“憧れ”の声が聞こえる。
『1人でも死なせたら私の寝覚めが悪くなるからね、頑張ってくれシェイル君』
まるで揶揄うようにあの日に僕に投げかけた言葉と似たことを言っている。
危機的状況にも関わらず、僕は声を上げて笑い出してしまった。
ひとしきり笑った後、その先輩からの無茶振りを達成するために動く。
「ああ、そりゃ大変ですね、マナさんの寝覚めが悪かったらどんな無茶振りされるかわかったもんじゃないですから」
漆黒の刀身を引き抜き、走り始めた。
目指すは僕の耳に届いた全てに絶望した声、その真上だ。
耳にこびりついて離れない救いを求める声、それはかつての自分であり僕が救わなければならない声だ。
僕が真に乗り越えなければならないものだ、僕の根幹だ。
これは、あの日の弱かった僕自身を救うための力だ。
「待っててくれ!今助ける!!」
そのためにはまず屋敷を焼き尽くす炎を鎮火しなければならない。
煙は上に昇っていく、だから地下牢にいる限り火の手の心配はしなくても大丈夫だ。
今度は純白の刀身を地面に突き立てる。
左手から莫大な魔力を刀身に持っていかれるのを感じた。
そう、僕があの日を乗り越えるために、あの日の僕自身を救うために得た力だ。
どんなに強力な炎でも、水の前では等しく無力だ。
思い出すは故郷に古くから伝わる英雄の詩、まだ幼い頃に兄さんが毎晩読み聞かせてくれた英雄の詩、何も見なくてもすらすらと読み上げることのできるあの英雄の詩。
「“海龍よ唸れ”」
気づけば僕は英雄の詩を読み上げ始めていた。
「“汝の咆哮が七つの海に轟きし時、天は落ち、地は全てを失うだろう”」
大好きだった英雄の詩、僕が憧れていた英雄の詩
「“だがどうか忘れないでほしい、汝が渦潮の眼に残した最後の希望を”」
傲慢な人々に憤りを覚えた海龍を鎮め、数多の命を救ったたった1人の英雄の詩
「“どうか見ていてほしい、汝の希望を宿したたった一つの命が万物を救いし英雄となる瞬間を”」
海の声を、魚の声を、貝の声を、全てと対話したという英雄の詩
「“何人たりとも希望を掴み取れないというのならば、我が喜んで手を伸ばそう、深淵の海に沈みし最後の秘宝を我が全身全霊を持って掴み取ろう”」
たった1人で海の底に辿り着き、海龍が己の後継とした海の覇者と契約した英雄の詩
「“ああ、海の秘宝よ唸れ、我が身を喰らい世界に恵みをもたらすがいい!”」
海の覇者をその身に宿して海の王者となり、海の栄光をその身に受けた英雄の詩
「“願いし我こそは、七つの海を統一せし海の王者である!!”」
詠唱を完成させると、突き立てた純白の剣を中心に青い紋様が地面に広がっていき、やがて巨大な魔法陣が完成される。
身体中の魔力をごっそりと持ってかれて頭がクラクラしてくる。
だがそんなことは今の僕には関係なかった。
僕がマナさんと出会うよりもずっと昔から憧れていた英雄、その名を僕は叫んだ。
「“ヴェラ・アズール”ッッッ!!!」
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