第12話:覚醒の裏で
時を同じくして、燃え盛る屋敷から1人の男が逃げてくる。
冷静になりきれなかったシェイルを手のひらの上で転がして炎の屋敷に閉じ込めて、なおかつ奴隷商売の証拠隠蔽に成功した魔術師だ。
男の頭の中にはまだシェイルの存在が色濃く残っている。
「もしあいつが冷静だったらな………」
考えるのはシェイルが冷静でいられた場合、自分はどうなっていたかだ。
正直、男には冷静だったシェイルに勝てる自信はさほどなかった。
無論、経験や知識は男の方が優っている、それでも男にとってシェイルは恐ろしかったのだ。
『豪炎の矢』を躱わす身のこなし、近づけないことを考え、男を床ごと下階に落とす機転、もしシェイルがもう少し冷静だったらと考えると身震いがする。
「惜しいやつだったな、あの強豪派閥にほぼ内定してるのも納得だわ」
振り返って燃え盛る屋敷を眺めながら、独り言を呟き心の中でシェイルに賞賛を送った。
「そうだろう?私の目に狂いはなかったわけだ」
返事があった。
返事がないはずの独り言だ、にも関わらず返事があった。
鈴を転がしたような透き通って美しい女性の声だ。
後ろから聞こえた声に、男はハッと振り向いた。
そこには女神がいた。
銀を溶かしたような一本一本が美しい髪、この世のどの宝石よりも輝いている大粒の碧眼、女性と女子の中間の見た目から発せられる神々しささえ感じる圧倒的な存在感。
彼女を知らない人間など、王国内のどこにも存在しないだろう。
「なっ………!?マナ・シュドナイ………!?」
王国を代表する強豪派閥、デモンズユナイテッドに所属する最上位探求者である絶世の美女、“白銀の戦乙女”マナ・シュドナイ。
その美しい双眸が燃え盛る屋敷から男の方へと向けられる。
「キミはどこぞの中規模ギルドのエースだった魔術師だね、探求者を引退したとは聞いてたけど、まさか商会の用心棒になっているとはね」
「なぜ“白銀の戦乙女”がここにいる!!」
マナは微笑んで男の焦りを隠せない問いかけに冷静に答えた。
「新たな仲間が誕生するんだ、その瞬間を目に焼き付けたいと思うのは自然な事だろう?」
「仲間だと…?」
マナが言っている新たな仲間がシェイルのことだというのは男も理解できた、しかしシェイルはもう死んでいるかまもなく死ぬかのどちらかだ。
あれほど燃えている屋敷を生きた人間が脱出するのは不可能だと、男は知っている。
「まあここにはもうひとつ用事があってね、シェイル君のためにもその用事をさっさと済ませたいんだ」
にこやかなマナの顔が一変、罪を犯した愚か者を断罪する無情な女神へと変わる。
マナの綺麗な唇が音を紡ぎ、もう1人の自分の名を呼ぶ。
「愛を囁け、アスモデウス」
デモンズユナイテッドのエンブレムが刺繍されたマントが風になびき、広がる影から真紅の刀身を持つフランベルジュが顔を覗かせる。
マナは迷わず引き抜き、切先を男に向けた。
「デモンズユナイテッド、またの名を“王宮義賊団ソロモン”第32席マナ・シュドナイ、王族特務に則り、奴隷商売を水面下で行い王国に仇なす商会から全てを奪わせてもらう」
その迫力に男は動けずにいた。
しかし奴隷商売を行なった証拠はない、そう考えた。
「証拠なら、回収した“隷属の首輪”並びに商会会長の自白があるさ」
「なっ!?お前俺の………」
「俺の思考を読めるのか、ああ読めるさ」
今男の口から紡がれようとした言葉をマナは重ねて言う、男は図星を突かれ続けて開いた口が塞がらず、冷や汗が止まらなかった。
また男が口を開こうとする、しかしその言葉が聞こえるのはマナの口からだった。
「なんで読めるんだ、簡単に言えばそれが私の宿した悪魔の能力だからさ」
悪魔
得体の知れないそれがマナの中にはっきりと感じられ、男は咄嗟に魔法を放とうとした。
圧倒的強者を前に男はシェイル以上に焦りを見せてしまっていた。
「“動くな”」
マナがそう一言呟くと、男は魔法を放つことができなかった。
頭では逆らおうとしても、身体が言うことを聞かないのだ。
まるで惚れた女の願いを叶えようとするように、身体が魔法を放つことを拒否した。
「無駄な抵抗はよしたまえ、すでにキミのことは“魅了”した」
底知れぬ恐怖に、男が意識を手放すのは難しくなかった。
マナがその身に宿している悪魔、アスモデウスの能力である“魅了”、端的に言ってしまえばマナをほんの一瞬でも『美しい』と思ったものは、マナの言葉に逆らえなくなる。
迷宮の魔物でさえ魅了してしまうマナの美貌を前に『美しい』と感じないものはいないだろう。
マナがたった数年で強豪派閥の最上位探求者に至った根幹、それが“アスモデウス”なのだ。
すでにマナに魅了された商会の会長、証拠品の“隷属の首輪”、そして商会が隠し持っていた山のような量の金貨は屋敷から回収されている。
マナは再び笑顔で炎が燃え盛る屋敷へと目を向ける。
マナの耳には鼓動が聞こえる、新たな仲間が目を覚ます鼓動が。
シェイルには聞こえたはずだ、自分の中にいるもう1人の自分、シェイルを形どる悪魔の名前が。
マナは知っている、シェイルが知ったその名前を、数ヶ月前に死んだデモンズユナイテッドの団員の中にいた悪魔と同じその名前を。
「その名を叫ぶんだ」
5年前のあの日に魅了した少年の背中を押すために、語りかけるように一言だけ放った。
かつて自身が通った道をなぞらせるように、最後にシェイルの背中を押した。
次の瞬間、マナの耳に届いたのは鼓動ではなく、鼓膜を突き破りそうな大きさの咆哮だった。
マナは最高の笑みを浮かべてその咆哮を歓迎した。
「おめでとう、シェイル・フォールン、これでキミも私達の仲間入りだ」
ギルドマスターのダビデを除き、72人目の同胞が産声を上げた瞬間だった。
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