第11話:フォルネウス

「クソっ!!」


瓦礫から柄を覗かせる剣を引き抜き、周囲をざっと見回した。

すでに火があちこちに燃え移って屋敷はもう30分も経たずに崩壊するだろう。

煙が染みて目を開けていられない、熱気を吸い込み続けた喉と肺はとうに限界を迎えている。

頭が回らない、身体が動いてくれない、落下する時に受け身はとったはずなのに身体中が痛いような感覚がないような変な状態だ。

今まで全力を出せていなかった影響だろうか、脚の筋肉に力が入らず、剣を床に突き立てて膝立ちになってしまう。


「クソ………クソクソクソ………!!」


炎が発し続ける灼熱すら感じることすらできず、段々と意識が遠のいていき、目の前が真っ暗になった。






声がする


幼い子供の声、1人では何もできなくて無力で愚かな子供の声が聞こえる


「___!______!_______!」


くぐもっていた声が徐々に鮮明に聞こえてくる


ああ、僕の声だ


「兄さん!ねえ兄さん!助けてよ兄さん!」


全てを失ったあの日の僕の声


冷たくなった兄さんに頼ろうとする愚かな僕の声


この世の全てに絶望したあの日の僕の声


ああ、あの日生きながらえた僕の命はここで終わるのか





本当に、それでいいのか





故郷の村を、母さんを、父さんを、兄さんを、弟を殺した貴族達を野放しにしていいのか


あの日に誓った復讐を遂げることなく終わってもいいのだろうか


あの人が拾ってくれたこの命を、絶させてもいいのだろうか




いいわけがないだろう




こんな炎よりも、5年前のあの日からこの身を焦がし続ける復讐の黒い炎の方がより燃え盛っている


ああ、何もかもを壊してやりたい、あの貴族の全てを、罪のない人々を傷つける奴らの全てを壊してやりたい




声が聞こえる


力のない、ただ何一つ罪のない幼い子供が助けを求める声が聞こえる


「___!_____!」


くぐもっていた声が徐々に鮮明に聞こえてくる


ああ、なんて無力な声だ


「助けて!誰か助けて!」


理由もなく苦しめられてきた声


微かな希望に縋り付いて、絶望的な状況を受け入れようとしない声


そして



あの日からすでに絶望している僕が、救わなければいけない声だ




この身を焦がし続ける破壊衝動をぶつけるべきはクソどもではない


僕自身だ


思い出せ、僕の怒りの根源を


何もできない無力な自分が1番嫌いで、それに1番憤っただろう


思い出せ、あの日僕を救った憧れを


苦しむ声のひとつぐらい助けられないで、あの人に追いつけるわけないだろう


自分自身を恐れ続けて、あの人のようになれるわけないだろう




「………ッ!………アアアアアアッ!!」


力の入らない足に全力を込めて、剣を杖代わりにして無理やり立ち上がる


身体中の神経が鮮明に感覚を取り戻す


掠れる視界の中に空中に浮く大きな黒い影が見える


それは僕だ


僕の破壊衝動の権化、僕の中に潜む黒い邪悪な衝動だ


僕の絶望に棲みつき、未来を妨げる原因だ


“キミの恐れているものを受け入れて矛先を正しく定めるんだ、そうすればそれはキミに応えてくれる”


マナさん《憧れ》の言葉が蘇る


気づけば僕は黒いそいつに右手を全力で伸ばしていた


気付けば僕は全力で叫んでいた


「来いッッ!!お前を受け入れてやるッッ!!!」


お前は僕だ、僕の中に潜む猛獣だ


そう、お前は鮫だ、僕に似た動物である鮫だ


鋭い牙で全てを噛み砕く凶暴な鮫だ


そう、お前は海の化身だ


あの日も、今この瞬間も、人々を苦しめる邪悪なる炎を押し流したい僕の求める力を持っている、炎など敵にしないほど圧倒的な水を操る海の化身だ


黒い影の姿が鮮明になっていく


黒い巨体に真紅の紋様が刻まれた邪悪な背中とは裏腹に純白の腹を持つ鮫だ、刃のように鋭利な鰭を持った凶悪な海の覇者だ


お前との境界線を壊してやる、お前を拒む僕の全てを壊してやる


だから


「僕に飲まれろッッ!!!!!」


広げた手のひらが鮫の真紅の紋様を纏う黒い角に触れる


それと同時に僕は爪を立てて握りつぶした


鮫の姿は解け、右腕を伝って僕の体の中に入っていく


目の前に伸びる僕の影がより黒く、全てを吸い込みそうなほど黒くなっていく


その中心に、一振り、いや二振りの姿の定まらない剣が顔を覗かせる


長さの違うロングソードと短すぎることのないショートソードだ


迷うことなく両方を掴む、右手でショートソードの、左手でロングソードの柄を全力で握る


掴んだら二つの泡が頭の中に浮かんでくる、そのうち片方が弾けて、頭の中にある名前が浮かんでくる


僕の名前だ、ずっと僕に抑え込まれていたお前の名前だ


時々破壊衝動となって顔を覗かせていたお前の名前だ


なぜだろう、今まで恐れていたお前をやけに頼もしく感じてしまう、にやけが止まらなくなってしまう


わかっているさ、5年間ずっと燻っていたんだからな




今、解放してやる




“その名を叫ぶんだ”




遠くから聞こえた鈴の音に従ってその名を叫び、二振りの剣を引き抜いた




「噛み砕けッッ!!フォルネウスッッ!!!」





__________


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