第9話:一級品の炎魔法
「もういい、お前だけは殺す」
考える前に身体が動いていた。
背中に隠した剣を素早く抜剣し、切先を机を挟んだ向こう側のソファに座る会長の首元に突きつける。
鋭利な刃が皮一枚だけを切り裂き、贅肉が付いた首から汚れた血が剣にツーッと伝う。
「なぁっ!?」
「動くな、こいつの首が飛ぶぞ」
驚き、事態を把握することができずに剣への恐怖からのけぞる会長、こいつはもう抵抗することができない、放置でいい。
魔術師の方は瞬時に事態を把握し、冷静に僕に対して右手のを向けて魔術を放とうと構える。
睨みをきかせて剣を贅肉の塊にほんの少しだけ近づけて牽制する。
「い!一体何を!?」
「捕らえている人達は何処にいる、言わなきゃ首が飛ぶぞ」
「ひぃっ!?」
切先をより近づけようとすれば、のけぞろうとするが、ソファの背もたれのせいで限界が来た。
ああ、心底殺してしまいたい。
こんな剣1本に怯える程度の男が多くの人を傷つけて私利私欲を満たしているだなんて。
自分が傷つく覚悟ができていないくせに人を傷つけるだなんて。
「な、何なんだ!?デモンズユナイテッドに入団するというのに、こんなことをしていいと思ってるのか!?」
「今はそのデモンズユナイテッドと喧嘩していてな、内定は取り消しだ」
あんな喧嘩別れみたいな状態だ、マナさんはぼぼ合格しているようなものだと言ったものの、それはもうなかった事になるだろう。
だがそんなものはどうでもいい、この身一つであの日の彼女のように人を助けることができるのなら僕はどうなったっていい。
「それにお前は僕の恩人を下劣な目で見た、万死に値する」
あの心優しき無邪気なマナさんを、僕の命の恩人を汚い目で見ている、それだけで僕はもううんざりだった。
瞳孔が完全に開いた眼で睨みつけると、会長はとうとう観念したのかようだった。
「ヒィぃぃぃ!?地下室だッッ!?地下牢に全員閉じ込めているッッ!?」
「地下牢へはどこから行けるんだ」
問い詰めるものの、会長は発狂してばかりで喉から返事を出すことができていない、これなら地下牢への入り口をずっと問い詰めるよりも自力で探し出したほうがよっぽど良さそうだった。
痺れを切らして人の苦しみで肥えた首を切り裂こうとした時だった。
「まあ待てって、一旦落ち着こうや」
声と同時に熱さがすごい速さでこちらに迫ってくる。
咄嗟に地面を蹴って後ろに跳ぶ、それを見越していたのか迫っていた炎は会長の体に触れる寸前のところで消える。
細かい魔力の操作がなければできない技だ、僕が躱わす事を見越していた慧眼、そんなものを持ち合わせているのはこの場に1人しかいない。
「動くなと言っただろ」
「会長を殺されたら困るんでな、ほらとっとと逃げろ」
「面倒臭いことをしてくれる!」
髭面の魔術師が地べたを這いつくばる会長に逃げるように促している。
逃すわけにはいかないものの、魔術師はこちらに向けて火球を何度も打ち出してくる。
そのせいで逃げる会長を追いかけることができない。
「強豪派閥に入ろうってんなら、このぐらいは避けれるわな」
「いいのか、お前も毒で死ぬぞ」
「ああ問題ねえ、毒が充満する前にお前さんを焼き切ればいいだけの話だ」
「悪いがそれは不可能だな」
足を平行に、つま先を相手の方へ向ける。
剣をどのタイミングでもどの角度でも触れるように構える。
しかし相手が魔術師な時点で不利だ、こちらは間合いを詰めなければならないのに対して、相手は間合いの外からでもこちらに攻撃することができる。
どうやって間合いを詰めたものだろうか、思案を続ける。
「不可能じゃあねえだろ、お前さん、そこまで強くはないからな」
空中に魔法陣が幾つも浮かび上がり、一つ一つの中心から矢を形どった炎が発射される。
炎中級魔法『豪炎の
炎の弾幕がすごい速さで襲いかかってくる。
何度か見たことのある魔法だが、今まで見た中で1番速度があって僕へまっすぐに向かってくる、相当精度が高いようだ。
それを無詠唱でやってくるだなんて、やはり一級品の魔術師だ。
生憎、剣で魔法を切ることは不可能だ。
いくら広いとはいえ限られた広さの部屋の中で炎の弾幕を躱しつつ距離を詰めなければならない、無理難題すぎる。
しかも部屋にある家具は全てが可燃性、一度盾にすればもう二度と盾にすることはできないだろう。
「くそっ!」
マナさんの言っていた全力で戦わなければならない相手、まさかここまで手強いとは。
正直なところ、全力で戦えても勝てるか怪しいだろう。
「おいおい、逃げたって俺にゃあ勝てねえぞ!」
図星を突かれているから余計に苛立つ。
マナさんほどの速度で走ることができればどうにかできるのだろうが、残念なことに僕にはあんな速度は出せない。
身体が破壊衝動で余計イライラする、今だけは黙っていて欲しいのにどうにもでしゃばってくる。
僕の障壁となって立ちはだかるこの男を壊したくて仕方ない。
だがそうなっては僕は僕ではなくなる。
どうしたものだろうか、疼く全身を押さえて炎の矢を躱し続ける、魔力切れを狙うにしろその前に毒が充満してやられる。
絶体絶命と呼ぶに相応しい状況だった。
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