第7話:逢魔が時①
王都アレグリアが茜色に染まる。
健気な子供達が走って家に帰り、仕事が終わった大人達が酒場になだれ込む。
王城の向こう側に沈みゆく夕陽はどこかノスタルジックだ。
その反対側から夜へと姿を変える世界は美しく、神秘的だった。
しかし美しい花には棘があるように、ノスタルジックな夕方にも二面性がある。
逢魔が時
昼と夜が入り混じる時間帯、それは人が“魔”と出会う時間帯だ。
夕方を超えても外にいれば悪魔に攫われてしまうと、親は子供に言い聞かせるのだ。
そして僕は、罪のない人々を傷つける件の商会にとっての悪魔となるつもりだ。
その身一つで名をあげる商会を立ち上げた素晴らしい男と言われている会長、しかしその本性は違うのだ。
禁止されている“隷属の首輪”を用いて多くの罪なき人々を傷つけている心のない怪物なのだ。
地位や立場を得てしまった大人達は失敗を恐れてすぐには動こうとしない、なら今傷つけられている人を助けるにはどうすればいいのか。
無名な僕が声高々に商会は人を傷つけていると言ったところで信じてくれる人は誰1人といないだろう。
だったら、僕が1人でやるしかない。
怖いと言っては嘘になる、1人でどうにかできるだなんて思っていない。
でも、1人でも多く助けることができるというのなら、僕は喜んで犠牲になるし、この身を燃やす破壊衝動に身を任せる。
「………まさかマナさんの予言が当日に来るなんてな」
迷宮に潜っている時にマナさんに見抜かれた僕の弱点、この破壊衝動に飲まれて自分を失うのを恐れて全力を出せないこと。
それを乗り越えなければならないほどのことが先に待っている、そう予言されて多少は覚悟の準備をしていたが、まさか当日中に来るだなんて誰が予想できただろうか。
だがもう、やるしかないのだ。
「………行こう」
頬を一発両手で叩く、少しじんとした痛みを感じた。
今日迷宮で入手した魔物の素材を詰め込んだずた袋を片手に豪邸の門へと歩く。
富豪なだけはある、警備員を多数雇っているようだ、見られたくないものがあるとでも言いたげな人数がいる。
豪勢な門の前に立ち止まると、商会のエンブレムが刻まれた甲冑を着込み槍を手にもつ門番が前に立つ、不審者だと思われているようだった。
「お宅に依頼された魔物の素材を引き渡しに来たんだ、通してくれ」
「ではなぜわざわざここに持ってきた?」
自分では不自然ではないと思っていたが、門番に言われて不自然さに気づいた。
確かに素材を納品するなら別に会長宅でなくても、王都中にある店に持って行けばよかった。
なんとか口から方便を捻り出すことにした。
「………デモンズユナイテッドの入団試験中なんだ、依頼主に直接届けて依頼達成の印を貰えって言われてる」
門番にとってはそれでも僕が怪しく思えたのだろう、警戒を解かずにまだ槍の先端をこちらに向けている。
どうしたものかとうーんと考えて、一つだけこれはどうだろうという案を思いついた。
「あの“白銀の戦乙女”直々の指示なんだ、嘘だと思うなら確認してくれ」
「………いいだろう、踏み入ることを許可する」
やはりあの才女の名前には絶大な信頼が寄せられているようだ。
もしかすると後でマナさんに迷惑をかけるかもしれないが、今は逆に迷惑をかけまくってやりたい気分だったからちょうどいい。
門番は警戒を解いてくれた。
「しかしここで剣は預かろう、素材を引き渡すのに武具は必要ないだろう」
腰に下げた剣を差し出された手のひらに大人しく引き渡す、1番使い慣れた剣を没収されるのは手痛いが、背中と服の間にもう1本剣を隠し持っている、この後に支障はないだろう。
「会長の部屋まで案内してくれ」
「了解した」
後ろで構えていたもう1人の門番が案内してくれるようだ、探す手間が省けて助かる。
ギギギと重厚な音を立てながら門が開き、門番に手招きされて屋敷の中に入る。
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