第6話:今宵、悪魔が宿る
怒りに身を任せて走り去るシェイルの背中を見届けた後、迷宮から出て被害者女性と加害者男性3人を王宮騎士団に引き渡してから、マナ・シュドナイは自身の所属するデモンズユナイテッドのギルドホームに帰ってきた。
螺旋階段を昇り、廊下の奥にある1番豪勢な扉を目指して歩くマナの顔は笑顔だった。
扉を3度ノックし、中にいる人物に入室の許可を求める、自由人な一面のある彼女にしては丁寧な所作だった。
「失礼するよ、急用だ」
「例の商会の件か?」
書類に目を離さずにマナに声をかける人物は彼女の要件を一発で当てた、情報収集が早すぎる。
「それともう一つ、新入団員の件さ、ダビデ殿」
書類を作成し続ける手をぴたりと止めた男性はようやく顔を上げてマナと面と向かって話し始めた。
彼の名はダビデ・シェバ・ヘブライ、正真正銘、全ギルドの中でも頂点に近い地位を維持し続けるデモンズユナイテッドのギルドマスターを務める人物である。
貴族家系の出身にして人事においては天賦の才を発揮し、父親から受け継いだ地位に相応しい圧倒的なカリスマを持ってして少数精鋭で曲者揃いの古豪ギルドをまとめ上げる若きギルドマスターだ。
「何か問題でもあったか、君ならば何も問題はないと思ったのだが」
「問題はないさ、むしろその逆さ」
「逆だと?」
ダビデは怪訝そうな表情をマナに見せる。
マナに一任していた入団試験は“王家の懐刀”であるデモンズユナイテッドに相応しいたった1人の人物を探し出すためにしていたものだ。
そう簡単に見つかるはずのなかったこの世に1人の人物を探すだなんて、時間がかかるに決まっているのだ。
その難題に出てきた“問題の逆”、それが指す内容は火を見るよりも明らかだ。
「ダビデ殿よ、喜ぶといい今日この日、私たちは新たな仲間を迎えるだろう」
マナは両手を広げて大げさに喜びをアピールする。
「例の少年か?君のお気に入りだという」
「そうさ、彼は倫理観、正義感ともに及第点を大幅に超えている、私と同じようにすでに前兆もある」
それに、と一拍置いてからマナは続けた。
「彼には暗い過去がある、憎しみがある、この世の不条理に抗おうとする気高き意志があるんだ」
「つまり彼の元に降りて来ると、彼が依代になるというのだな」
「ああ間違いない」
向かい合う2人が次に紡ぐ言葉はピタリと重なった。
“今宵、シェイル・フォールンに悪魔が目覚める”と。
「私は産まれ落ちる同胞を迎えに行くよ、だから命令してくれ」
ダビデはマナの要求に応えるために椅子から立ち上がり、片眼鏡を外して書類の山に溢れた仕事机に置いた。
今しがた見ていた書類を手に取る、そして声高々に、マナに使命を伝える。
「デモンズユナイテッド第32席マナ・シュドナイ、貴女に王族特務を発令する、国に仇なす件の商会から全てを奪い取れ」
「承った」
「そしてこれは私からの個人的な命令だが、新たな同胞が無事に帰還できるよう保護しろ」
「無論だね」
マナはふっと笑って部屋を後にする。
マナはシェイルに対する試験で少し仕掛けを施していた。
前々から黒い噂の煙が少々立ちこめていた商会の任務を通してシェイルがそれに気付けば及第点だと思っていた。
しかし数々の偶然が重なって、彼は気づくどころかマナに反抗するまでの正義感を見せたのだ。
あとは彼が受け入れられるかどうかだけの問題、そしてマナは信じていた、自身が救った少年にならそれができるはずだと。
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