第5話:大人がやらないなら
魔法技術の発展はこの世界に大きな利益をもたらした。
人々の生活は豊かになり、人類にさらなる繁栄をもたらした。
しかしその代償である負の面も同様に栄えてしまった。
魔法を使う犯罪の被害数は年々増加しており、魔法犯罪の象徴ともいえる魔道具こそがこの“隷属の首輪”だ。
読んで字の如く、付けた人を奴隷にすることができる。
付けられた人間は付けた人間に服従する魔法が刻まれており、逆らおうとすれば耐え難い苦痛を強いられる。
無論、大陸全土にて製造、所持、使用を禁止しているが、見えないところまでは手が行き届いておらず、完全な規制は程遠い。
その違法魔道具を人目につきにくい迷宮、それも自衛が十分できるこの迷宮で使用している、これは大問題だ。
「言うまでもない王国法違反、王宮の騎士団に引き渡すのは確定として………」
「何処から入手したのか、ですよね」
雑草は根っこまで抜かなければまた生えてくる、同じように目先の犯罪をどれだけ検挙したところで、その根幹を潰さなければ犯罪は減らないのだ。
この男達を捕まえたところで陰に潜んでいる製造元は消えたりしない。
それに“隷属の首輪”で女性を奴隷にしようとしたということは、この女性は奴隷として、商品として扱われようとした可能性が高い。
ということは奴隷売買をしている違法な場所が何処かに潜んでいるということだ。
「こいつらがどこの手先かを調べないといけないわけですね」
「ああ、それはもうわかったから問題ないさ」
呆気に取られた。
僕はまだこの男達がどこの手先かわからない、しかしマナさんはこの短時間で見抜いたというのだ。
「推測するといい、デモンズユナイテッドに入団する以上推理力も必要な能力さ、さあよく見てごらん」
後ろから肩を掴まれて気を失っている男達に再び目を向けさせられる。
美しい顔が真横にあって正直そちらに目が向きそうなのをグッと我慢して男達に目を向ける。
服装はいたって普通の探求者といった風貌、装備品は剣に槍にこれまたいたって普通だ。
普通の装いなのだが、一つだけ違和感を見つけた。
それは彼らがそれぞれ身につけているウエストポーチや、鉄の胸当てなどに刻まれているエンブレムだ。
王都にあるギルドのものではない、こんなにも豪勢なエンブレムを使って何も言われないギルドなんて、それこそデモンズユナイテッドと同じぐらいの強豪派閥だが、こんなエンブレムの派閥は見たことがない。
次に疑うのは貴族の家紋、貴族ならば金は腐るほどあるだろう、金に物を言わせて奴隷を隠蔽することも可能なはずだ。
しかしそれも違う、貴族の家紋に必ずある対の剣がなかった。
そうすれば答えは一つだった、この最近王都で見たことあるようなエンブレムの正体を僕は知っていた。
「………これって、依頼先の商会のエンブレムですよね?」
「その通りだ、そして私の記憶が正しければの話だが、商会は探求者向けの商品展開をしていなかったはずだ、つまり彼らは商会の私兵といったところだろう、私兵が罪を犯していると世間に知られれば間違いなく商会の信頼は地の底に落ちるだろうね、私だったらこんなことが起こらないように徹底する、しかしそれをしていないということはすなわち………」
「商会が奴隷商売をしている、ということですか………」
「その通りだ」
マナさんが首を縦に振って肯定した時だった。
自分の中で何ども煩わされた破壊衝動が憤怒と共に燃え上がるのを感じた。
巨悪が罪のない人々を虐げ、辱め、苦しめていることが許せなかった。
家族を失って故郷を滅ぼされたあの日と同じかそれ以上の破壊衝動が襲ってくる。
強く握りしめた拳に血が滲んだ。
無論、僕が怒りに支配されそうなのすらもマナさんにはお見通しだったようだ。
「シェイル君、落ち着くんだ」
「落ち着いていられますか!?こいつらは罪のない人を傷つけているんですよ!?」
「無論キミの怒りには死ぬほど共感しているさ、だが怒りに身を任せてはならない、冷静に怒るんだ、ほら深呼吸だ」
吸って、吐いて、とマナさんに深呼吸を促される。
心は怒りで満ち溢れていたはずにも関わらず、マナさんの言葉は僕の心にゆっくりと浸食してきて言葉通りの行動をさせてくる。
「これほどの大ごととなれば王族特務になるだろう、そうなれば間違いなく我々デモンズユナイテッドは王家から秘密裏に依頼を受けることになる、この件を報告して後日下される命令を待つんだ」
「後日………?」
眉がぴくりと反応を示す。
マナさんの口から放たれた後日という単語は、僕の触れてはいけない部分に侵食してしまった。
「後日って………今こうしてる間にも商会に苦しめられている人がいるんですよ!?見過ごしていいんですか!?」
「見過ごすわけではないさ、王家からの依頼という名の大義名分を得て確実に叩くんだ」
マナさんが言っていることが正しいのはわかっている、壊滅させるなら確実にやるべきだ。
しかしその間にも罪のない被害者は増えるのだ、苦しい思いをしている人がさらに苦しい思いをするのだ。
そして何より、お門違いだとはわかっているのだが僕はマナさんが許せなかった。
「マナさん、あなた強いんでしょう?」
「ああ、私は強いさ」
「被害者を救うことができるほどの力があるのに、何をそんなに恐れてるんですか」
被害者を絶望から解放する事のできるだけの力を、人脈を、デモンズユナイテッドの“白銀の戦乙女”は持ち合わせている。
なのにも関わらず今すぐ救おうとしない彼女のことが気に食わなかった。
僕の手が届かないほどの高みにいて、僕では助けられないが彼女ならできるほど強いのにそれをしようとしない彼女のことが憎たらしかった。
自分が冷静さを欠いているのは重々承知している、しかしそれでも僕は僕の命を救ってくれた恩人を憎まずにはいられなかった。
「僕のことは救って、目の前の助けられる人は助けないんですか」
「全員を助ける手立てを考えているんだ」
この人なら、辺境の森林を駆け抜けて僕の命を救ってくれたマナさんなら僕の意見に肯定してくれると信じていた。
だがあの日から今日までの5年間の間に、彼女は責任に縛られる大人に成ってしまった。
何よりも虚しかった、かつて苦しんでいた僕を独断で救ったマナさんがそう成ってしまったことが何よりも虚しかった。
こんなに成ってしまうのならば、僕は大人になんて一生成りたくなかった。
「もういいです、大人たちが動かないなら、僕が勝手にやります」
気づけば迷宮の外に出ようとしていた。
「何処に行くんだい?」
マナさんが僕の手首を掴んで引き留めた。
真紅のフランベルジュを地面に突き立てて僕と真っ直ぐに向き合おうとする。
「商会の会長宅ですよ、僕ならバレたくないものは1番警備が厚い場所に隠します」
もしそこに奴隷にされた人たちがいなかったとしても必ず商会の重鎮がいる、1人ぐらい手にかければ商会は混乱に陥って奴隷どころではなくなるだろう。
「本当に、キミ1人で行くのかい?」
やめておけと、透き通る碧眼が訴えてきた。
マナさんの一挙手一投足が僕を引き留めようと心に染み渡ってくるが、もう僕は決意をしていた。
「これ以上、罪のない人が傷つくのは見てられません」
例えデモンズユナイテッドに入団できなかったとしても、命の恩人に見限られたとしても、その程度の代償で苦しむ人を助けることができるのなら僕は喜ぶだろう。
それが例え僕のエゴだったとしても。
「大人からすれば関係のない子供が1人問題を起こしただけです、さして迷惑はかからないでしょう?」
微かに残る彼女への未練を断ち切るように、僕はマナさんの細くしなやかな手を振り払った。
彼女に背を向けて、僕は外へと走り出した。
マナさんはそれ以上、引き留めてくることはなかった。
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