第4話:そいつらもうとっくに動けないです
地上に戻るため上の階層へと向かう階段に足をかけた時だった。
甲高い悲鳴が迷宮内部に響き渡る、女性の悲鳴だ。
今いるところのより深くから聞こえた、そして何より遠くなかった。
「事情が変わった、潜ろうか」
マナさんの顔がおどけたものから真剣なものへと再び変わる、デモンズユナイテッド所属の“白銀の戦乙女”の顔だ。
「了解です」
「すまないが急がせてもらうよ、1人で戦えるキミよりも目と鼻の先の人命を優先したい」
「頑張ってついて行くんで、どうぞ遠慮なく」
もう一度すまないとだけ言い残して、マナさんは一陣の風、いや白い閃光となった。
目にも止まらぬ速さで悲鳴がした方へと向かっていくマナさんをなんとか追いかけるが、その背中は少しずつ遠のいて行くばかりだ。
入り組んだ迷宮のどこに下の階層への道が続いているのかがマナさんの頭には正確に入っているのだろう、迷うことなくどんどんと進んでいく。
「速すぎる………!」
これが
「邪魔をしないでくれ」
マナさんは少しドスの効いた声と、妖しく輝く視線を道を塞ぐ魔物に投げかける。
するとどうだろうか、魔物達は本能でマナさんに逆らってはいけないことを悟ったのか動きを止めるのだ。
まさに戦わずして勝つ、そんなマナさんが少し恐ろしくも頼もしく思えた。
下の階層へと続く階段を飛び降りてもスピードを落とすことなく走るマナさんをどうにか視界の中に収めながら着いて行く。
やがてマナさんは何かを発見したようだった、耳元でごおごおと鳴っている空気を切り裂く音でよく聞こえなかったが唇が小さく動いた。
「___やけ、______」
するとマナさんの影から一振りの流麗な剣が顔を覗かせ、マナさんは剣を引き抜いた、何か魔法を利用しているのだろうか。
真っ赤に燃える炎のように揺らめくシルエットが特徴的なその剣はフランベルジュ、マナさんの碧眼とは対照的で、長年熟成したワインのような紅の刀身は美しい輝きを放っていた。
僕の自害を止めたあの日にも持っていた流麗な剣、“白銀の戦乙女”の象徴ともいえる剣だ。
やがて僕の視界にも先程の悲鳴の原因が見えてきた。
筋骨隆々で屈強な男が3人、女性探索者を囲んで襲っている。
いくら対人に慣れている
男が1人、女性の足に何かをつけようとしているのが見える。
マナさんにはその何かがはっきりと見えたのだろう、スピードをさらに上げて男達の足首を神速で切り付ける。
真っ直ぐな太刀筋は男達に致命傷を与えることなく自由を奪い取り、切りつけたところからは真っ赤な鮮血が吹き出していた。
突如自身を襲ってきた正体不明の激痛を前に混乱したのか、今度は男達が悲痛な声を上げる。
すぐに男達の首に強い打撃を与えて3人の意識を喪失させる。
この間、およそ十数秒と言ったところだろうか。
人体を知り尽くしてそれを生かす圧倒的な技量があるからこそなせる技だった。
僕がマナさんに追いついたのはちょうど男達の無力化が済み、マナさんがそのうちの1人に真紅のフランベルジュの切先を向けている時だった。
「動くな、デモンズユナイテッドの“白銀の戦乙女”に聞き覚えはあるだろう?」
「マナさん、そいつらもうとっくに動けないです」
「格好良く決まってたのに何を冷静にツッコミを入れているのかなキミは」
マナさん本人はいたって真面目ですよみたいな雰囲気を出していたが、目とかが明らかに笑っていたので軽口をはさんだが、どうやら正解だったようだ。
まだ尻餅をついたまま、恐怖に顔を歪ませている女性に恐る恐る声をかける。
「大丈夫ですか………?」
「あ………」
男3人に襲われた直後のためか、彼女は男である僕の顔を見るなり恐怖で顔を歪めている。
これは同じ女性であるマナさんに任せた方が良さそうだった。
「マナさん、捕縛しておくんで彼女のこと任せていいですか?」
「わかった、念の為手足の腱は切って動かないようにしておいたが、キツく結んでおいてくれ、あと意識は刈り取っておいたから」
それって本当に縛る必要ありますかね、と言いかけたが喉を飛び出る前に飲み込んでからワイヤーで彼らのことを縛る。
ワイヤーはフックと一緒に崖が多々ある迷宮では重宝するので、多くの探求者が持ち歩いているのだ。
解けないように3人の手足をワイヤーで括り、彼らが女性の足につけようとしていた何かを拾い上げた。
やっぱりかという感情と恐ろしいという感情が湧き上がってきた。
魔法陣がきめ細やかに刻まれた無骨なそれは明らかに女性へのプレゼントには適していない。
“白銀の戦乙女”に助けられて安心したのか人目を憚らず泣く女性を慰めているマナさんに目線と手招きで合図を送ると、彼女は女性に断りを入れてからこちらにやってきた。
「マナさん、これって」
マナさんに拾い上げたそれを差し出す。
すると彼女は怪訝そうな顔をしてため息をついた。
「間違いないね、“隷属の首輪”だ」
現代魔法社会を代表する悪がそこにはあった。
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