第3話:迷える仔鮫

振るった剣がビュンと大きな音を立てて敵の剣と衝突し、難なく弾き返す。

切り掛かってきた首のない甲冑は大きく剣を弾かれた影響で体勢が大きく崩れている、絶好のチャンスだ。


亡霊騎士には首がない、だからとどめを刺すには人間でいう心臓の位置にある核を壊すしか倒せる方法はない。

左腕を折りたたみ剣を中段に構えて、足裏で地面をしっかりと蹴り上げて身体ごと腕を前に押し出す。

切先が鉄の鎧ごと核を貫く確かな感触が指先から伝わってきた。


亡霊騎士は一瞬淡い光を放ち、消えた。

中身をなくした鎧がゴトっと音を立てて硬い地面に落ちる。


「あと何が必要でしたっけ?」


「これで最後だ、なかなかやるようになったじゃないか」


「強豪派閥の実力者に言われてもなんとも思わないんですが」


ここは大陸各地に数多く点在している迷宮ダンジョンのうち、王都の郊外にありそこそこ難易度の高い迷宮。

入団試験で必要になる魔物の素材を入手するためにマナさんと訪れていた。


「いいや、私の想像以上によく出来ている、小規模ギルドならトップクラス、中規模ギルドなら即戦力といったところだろうね」


この迷宮ダンジョンは中規模ギルドの人が多く潜って稼ぎに来たり、腕を上達させる場に利用している。

ある程度の魔物は動物のように本能のまま襲いかかってくるのだが、ちょうどここぐらいの難易度の迷宮からは理性を持っていることが多い。


その魔物を倒すにはそこそこの技量が必要になってくる、特に今討伐した亡霊騎士なんかは人間を相手にするのとほぼ同じだ。

それを難なく倒せるのが、今マナさんが言ったあたりということだろう。


だが僕が知りたいのは小中規模ギルドでの評価ではないのだ。


「デモンズユナイテッドだったら?」


「最弱だろうね!」


「知ってました」


そんな男性探求者シーカーが悶えそうな眩しくて無邪気な笑顔で残酷なことを言わないでほしい、絵面と内容が少しも一致しない。

少しでも期待した自分が馬鹿だった。

大規模ギルドの中でも実力者しかいない少数精鋭のデモンズユナイテッドでの立ち位置なんて最低に決まっている。


「私たちにあってキミにはないものがある、わかるかい?」


突如として迷宮ダンジョンで始まったマナさんによる授業、足りないものに心当たりが多すぎてなんと答えればいいのかわからなかった。


「技術ですか?」


「違うね」


「じゃあなんですか?」


一歩、マナさんが僕に近寄る。

綺麗なご尊顔が目の前まで近づいてきた。

そして額を細い指先でつついてきた。


「キミ、全力で戦うことを避けているだろう?」


息を飲んだ、自分の中でも危惧していることがその碧眼で見透かされていることが少し怖くて驚いた。

僕が全力を出せないのには理由がある、それも醜くて誰にも言い出せないような理由が。

それもマナさんにはお見通しのようだった。


「キミは何を恐れているんだい?」


「………マナさんはなんでもわかるんですね」


そう、僕は恐れている。

あの日の悪夢を見ると毎回襲ってくる破壊衝動、何故だかわからないが戦っている時にもそれは付き纏ってくるのだ。

それに飲まれたら僕は人ではない何かになってしまう、そんな気がして、それが恐ろしくて僕は全力で戦うことができていない。


「私は強いからね、太刀筋を見ればわかるさ」


そこまで歳は離れていないはずなのに、その柔らかな微笑みからは少し母性が感じられた。

本当に、この人には敵わないと思った。

まさかこの数時間だけでこちらの心の内側まで見透かしてしまうだなんて、それほどまでにこの人は強く、優しいのだ。


「ではシェイル君、悩める仔羊であるキミに…いや仔羊ではないな………キミ、動物なら何に似てるって言われるんだい?」


“仔羊”という表現に疑問を感じて言葉を止めるのもまた無邪気なマナさんらしかった。

自分に似ている動物といわれてふと思い浮かべるのは幸せだったあの日に兄に言われたあの動物だ。


「鮫ですかね」


「鮫かい?意外だね」


「小さい頃から魚料理が好きで、兄に“鮫みたいに魚を食べるな”ってよく揶揄われてたんです」


「それはそれは、兄君も中々いいセンスをしているじゃないか」


兄からのこの揶揄いも、当時は少し嫌だったが今となっては兄が残してくれた数少ないもののひとつだ、だから僕は鮫が好きだ。


「では気を取り直して…迷える子鮫であるキミにひとつ預言をしよう」


迷える子鮫だなんて違和感しかないフレーズだが、マナさんは神妙な顔で僕の顔をまっすぐに見て喋り出した。


「近いうちに、キミは全力で戦わなければならなくなる、その時に恐れているものを受け入れて矛先を正しく定めるんだ、そうすればはキミに応えてくれる」


「でも………」


「大丈夫さ、今は見えなくても必ず理解できる時が来るさ、キミが恐れているもキミだから」


僕の恐れている自分じゃない自分、それすらも自分自身なのだ。

マナさんは遠くを見つめるような眼差しをしていた、きっと彼女はその恐れていた自分を受け入れることができたからこそ強くなれたのだろう。

彼女が“白銀の戦乙女”と呼ばれるまでに至った根幹、それを自分にも取り入れることができればもしかすれば、自分はこの人と同じ舞台に立てるのかもしれない。

もしかするとそれこそがマナさんの言ったデモンズユナイテッドに相応しい才能なのかもしれない。


「まあとりあえず地上に戻ろうか、依頼先の商会に持っていこうじゃないか」


「了解です」


モヤっとした何かを残したまま、僕は剣を鞘に納めて呑気に歩くマナさんの背を追いかけることにした。

結構下の階層まで降りたから、地上に戻るのに少し時間がかかるかもしれないが、生憎時間はたっぷりとある、急いで行く必要もないだろう。




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