第2話:命の恩人との再会

アルビス大陸の西方に位置するエクレス王国の王都アレグリアは、王城を中心に円形に広がっている。

遠目に見えている王城から見て北東に位置する巨大な施設を目指して歩き続ける。


剣と魔法が支配するこの世界において、力のあるものの多くが強力な後ろ盾を欲する、よってそのほとんどが“ギルド”に所属して探求者シーカーとして活動する。


僕が向かっているのは数多く存在しているギルドの中でも“古豪”と呼ばれ、古くから王の懐刀として存在している派閥である“デモンズユナイテッド”のギルドホームだ。

強豪派閥のほとんどが数百人という数多くの探求者を抱える中、デモンズユナイテッドはギルドマスターを含めて73人のみで活動をする少数精鋭であり、人数はこれより増えたことはない。

しかし現在の所属人数は72人であり、欠員が出た今デモンズユナイテッドは新たなメンバーを募集している。


その空いた一枠に滑り込むために、僕はメンバー募集に応募しにきた。


デモンズユナイテッドのギルドホームの前に到着し、入り口の前に立ち止まる。

あの日からずっと憧れ続けたギルド、そして運良く開いた夢への希望の活路。

もしこの機会を逃したら、次は生きてるうちに来ないかもしれないのだ。


「………行こう」


2回、深呼吸をしてギルドホームの大きな扉に手をかける。

開いた扉の先には探求者達の賑わいが広がっていた。

半分以上の団員が出払っているのだろうか、人数は少ないものの、その一人一人が探求者の中でも有数の実力を有するのだ。

何人が片手間に僕をチラリと見る、そしてまた志願者か、みたいな反応を口々にする。


その中で1人だけ、僕を見て大きな声を上げた人物がいた。


「おや!いつぞやの少年じゃないか!ちゃんと生きていたのか!」


元気だったかとでも言わんばかりに白く細い腕をブンブン振りながら近づいてくる人物を一言で表すとしたら絶世の美女という他ないだろう。

少女の可愛らしさと女性の妖艶さが共存して、女神のような神々しさがある。

純白に輝く長髪にぱっちりと開かれたまるで宝石のような碧眼、軍服のような服装にギルドエンブレムの大きな刺繍のついたマントという、英雄に憧れる子供のような服装も妙に様になっている。


「拾われた命ですよ?くたばるわけにはいかないでしょ」


「それもそうか、それで言いつけ通り私達のギルドに来たわけかな」


「ええ、貴女の言いつけ通り来ましたよ、マナさん」


“白銀の戦乙女”マナ・シュドナイ、この年齢の推測すら困難な美女の名だ。

所属してからたった数年という、飛龍すら追いつけないようなスピードで実績を積み上げ、デモンズユナイテッドの中でも有数の実力者に数えられ、5年前のあの日僕の自殺を止めて生きる道を示してくれた恩人でもある。


『キミのような可能性の原石を失うのはよしたい、近い将来、デモンズユナイテッドに欠員が出る、その時に私を訪ねてくるんだ』


その言葉こそが全てに絶望していた僕に、彼女が示してくれた生きることへの渇望、生への執着の根源である。

彼女の言った通り、デモンズユナイテッドに欠員が出たので僕は言いつけを守ってここを訪ねてきたというわけだ。


「そういえば、僕が来る前に訪ねてきた人達はどうしたんですか?」


強豪派閥の一角であるデモンズユナイテッドに所属したい探求者シーカーは星の数ほどいるはずだ。

実際王都で評判の手練れが何人もここの門を叩いたという噂が出回っていた。

強い人材は確実に派閥の強化となるはずだ、僕が滑り込む枠が消えててもおかしくなかったのだ。


「彼らは私達の求める才能がなかったからね、門前払いさ」


まさか門を叩くところにすら辿り着けていなかったとは、尚更僕がマナさんに歓迎されてる理由がわからなくなってきた。


「まあそんなことはどうでもいい、さあ私の後輩第1号よ!早速入団試験をしようか!」


「いやちょっと待ってくださいよ早すぎますって!」


…さてはこの人、気の知れた年下の自分に恩のある後輩が欲しくて門前払いしたな。

入団したら僕のこと引き摺り回してこき使う気だ。

目は口ほどにものを言うとはこのことだろう、彼女の目は太陽のようにキラキラと輝いていた。

そしてそう思わせるほどにマナさんの言動は無邪気だった。

マナさんに腕を掴まれてギルドの奥の方に容赦なく引き摺り込まれる、こんな細い腕のどこにそんな力があるのだろうか。


マナさんに引っ張られながらなんとかついていき到着したのは会議室のような部屋の中だった。

マナさん以外にギルドの人は見当たらない。

壁の本棚にはズラリと本が並んでいて、そのどれもが高価なものなのだろう、重厚な見た目をしている。

長い机の上には羊皮紙の山が5、6個出来上がっている、地震が起きたら大惨事になるだろう。


「少し待ってくれ」


マナさんは手前にあった低い山をパラパラとめくり、目的の1枚を探している。

僕より10セルメナス(cm)ほど小さい背中越しにその手元を覗き込んでみる、そして僕は驚愕した。


「………マナさん?」


「なにかな?」


「もしかしてこの部屋にある紙って、全部依頼書ですか?」


「その通りだね、これでも受ける依頼は厳選しているんだが、どうしても多くなってしまうんだ」


「嘘でしょ………」


手元の紙にだけ視線を向けて、こちらを一瞥もせずにぶっきらぼうに放たれた答えに、僕は開いた口が塞がらなかった。

この国の5本指に入る強豪派閥に対する認識がまだまだ甘かったのを自覚した。


ギルドには民間人から国の重鎮まで、多くの人々からの依頼が舞い込む、その依頼クエストこそがギルドの主な収入源の一つだ。

依頼クエストの例をあげるとすれば、素材の収集や魔物の討伐などだろう、依頼の種類は多岐にわたる。


しかし1人につき依頼クエスト1つをこなしたとしても何ヶ月もかかりそうな量をこなしているのはここぐらいだろう。

なりふり構わず受注しているわけではない、全てを100人もいない人数でこなしているからこそ信頼が蓄積され、“デモンズユナイテッド”という名前に価値が生まれているのだ。


「お、あったあった、これだよこれ」


マナさんはようやく1枚の紙を見つけ出し、それを僕に渡して残りを元にあった場所に戻す。

今持ってた分の依頼だけで普通は数ヶ月かかるはずなんだけどなぁ。


書類を軽く整理しているマナさんを尻目に、渡された紙に視線を落とす。

他のものと変わりない依頼書だ、強いて言うなら担当者がマナさんになっているぐらいだ。

内容はどこのギルドでも受注されているような、魔物の素材の収集だった。

依頼主は最近話題の商会のようだ。


「シェイル君、キミにはこの依頼に同行してもらうよ、というかこの依頼クエストをキミが主導で動いてもらう」


ピンと人差し指を僕へ伸ばして、マナさんは入団試験の内容を説明し始めた。


「仕事がこなせるかを試すってことですね、マナさんが試験官ってことですか?」


「ものわかりが良くて助かるよ、なぁに、試験のことは私に一任されているんだ、相当酷くない限りは大丈夫だと思っていいさ」


「そんな気楽にしていいものじゃないと思うんですけど」


仮にも強豪派閥に入団しようとしているのだ、マナさんに救われてから鍛錬を続けているし、まだまだ未熟とはいえ自身の腕にそれなりの自信はある。

少なくともこの依頼クエストで倒さなければならない魔物は難なく狩れる。


「明日でもいいですか?今軽い装備しか持ってないので」


面接のようなものを想像していたものだから魔物と戦う準備が万全とはいえない、最悪命を落とす可能性があるのだ、準備を万全にして臨むのは探求者として当然のことだ。


「構わないさ、せっかく救った玩具おもちゃに死なれるなんて面白くないからね」


ダメだ、この人僕のこと遊び道具としかみていない。

というか人の生死でケタケタ笑う人なんてこの人ぐらいではないだろうか。

本心を言ってしまうと憎たらしさすら湧かないほど綺麗な顔に1発入れたかったが、命の恩人だしなんなら上司(予定)だからグッと堪えることにした。


また明日、ここに集合する事になった。

しかし面白半分に僕の帰路についてきたマナさんに僕の部屋が特定される事にもなった。

なんでも、「後輩が風邪を引いた時に私以外に誰が看病を名乗りあげると?」だそうだ、女性の知り合いがいないことを知られていて怖かった。



_________


読んでいただきありがとうございます!


この世界での長さの単位ですが、初出は()に現実での単位を書こうと思います、通貨単位なども同じようにします。


ややこしいところは後書きで補足を入れていくので、どうぞよろしくお願いします!

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