悪魔義賊〜命の恩人を追いかけて王宮義賊団へ〜
GOA2nd
ギルド入団篇
第1話:絶望の記憶
………何があったんだ?
僕、シェイル・フォールンにとって今日は最高の1日になるはずだった。
今日は兄さんが騎士団試験を受けるために行った王都から久しぶりに帰ってくる日だ。
母さんはまだ太陽が高いうちから張り切ってご馳走の準備をして、父さんは王都に滞在している間に成人してお酒が飲めるようになった兄さんのために高いお酒を帰りに買ってくると宣言して仕事に行って、僕はまだ幼い弟と兄さんの成人祝いに少ないお小遣いを貯めて少しいい剣を買って。
兄さんは笑顔で帰ってきて、おおよそ2年ぶりの一家団欒を心地よく感じていた。
傷だらけになっていた兄さんの大きな手は温かく、心地よかった。
兄さんが王都のお土産をくれて、僕には首飾りを、弟には王都で有名な英雄譚の本をくれた。
僕は間違いなく、この世でいちばんの幸せ者だった。
じゃあ、なんで今、村は炎に焼かれているんだ?
なんで、母さんも、父さんも、兄さんも、弟も、村の大人達でさえ、みんな血を流して動かなくなっているんだ?
「………兄さん!………ねえ兄さん!助けてよ兄さん!」
出せる限界の声を出しても、兄の返事は返ってこない。
炎の弾ける音のその向こうから声が聞こえる。
知らない人の声だ、小さい村だから村のみんなの声と顔は一致する、けど聞こえる声はどの顔とも一致しない。
「はあ…この村、こんな端金しかなかったぞ」
「まあ端金でも、下賤な者どもが使うより貴族である我々が使った方が良いに決まってる」
「それもそうだな!」
頭が真っ白になった。
あんな奴らが私利私欲を満たすためだけに村のみんなは殺されたのか?そんなちんけな理由でみんなが苦しむ羽目になったのか?
あいつらの娯楽のために、僕達の幸せは壊されたって言うのか?
理不尽だ
あの貴族どもが、そして何より無力だった自分自身が許せなかった。
1人だけ生き残ってしまった自分自身が醜くて仕方なかった。
地面に一振りの剣が落ちている。
僕と弟が兄さんにあげた剣だ。
兄さんが目尻に涙を浮かべ、笑いながら受け取ってくれた剣だ。
兄さんがありがとう、大事にするよと言ってくれた剣だ。
持ち主が死んで、主人がいなくなり、役目を全うすることができなくなった剣だ。
気がつけば剣を手に取り、切先を僕の心臓に向けていた。
兄さんの死体と目があった、光が消え去った目だ。
「………兄さん、僕もそっちに行くよ」
目を閉じて、剣を自分の胸にゆっくりと突き立てた。
「おいおい少年、そんな野暮ったいことするんじゃないよ、私の寝覚めが悪くなるじゃないか」
ふわりと、月明かりを反射する銀糸の束のような髪が舞う。
サファイアよりも美しい輝きを放つ碧眼は真っ直ぐに僕の目を射抜いてくる。
突如目の前に舞い降りた女神によって、剣が心臓を穿つことはなかった。
目を開けて見える景色はよく見知った古びた木材の天井だった。
小さい窓から日差しがさしている。
まだ気温はさほど高くないはずなのにシーツまで汗でぐっしょりとしていて気持ち悪い。
「………夢か」
まだ幼かった頃の悪夢、生まれ育った村が欲望の炎に跡形もなく消し炭にされた日の記憶。
僕が1人だけ生き残ってしまい、全てに絶望したあの日の記憶。
この夢を見るたびに襲ってくる黒い感情を、際限のない破壊衝動を押さえ込むのに何度苦労したことか、今だって何もかもを壊したくて仕方ない。
おかげで汗だくになってしまった。
「………水浴びでもするか」
今日は用事がある、こんな汗だくのまま行ったら迷惑極まりない。
起き上がってびしょびしょになってしまったシーツを剥ぎ取って洗濯籠に入れてその上から寝巻きを脱ぎ捨てる。
浴室の壁に刻まれた小さな魔法陣に手をかざすと淡い光を宿し、身体から少量の魔力が吸い取られる感覚がした。
それに連動して天井から雨のように水が降り注ぐ。
冷水で物理的に頭を冷やす、少しは冷静になれた気がした。
今日は恩人と再会できるんだ、こんな野生的な衝動を丸出しで会ったらなんて言われるか想像に苦しくない。
もうあの頃の僕とは違う、成長した姿を見せると決めた。
しばらくの間降り注ぐ冷水が心地よかった。
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