第2話

 第一の姫イザベルの葬儀は盛大に執り行われた。彼女の企てと逃走についての真実は伏せられ、侵入してきたカイ国のものに殺されたということになっていた。


「……ぜーんぶなくなっちまったよ。ヴァージル」


 墓標の前で胡座をかき、青い酒瓶を煽るのはやつれ顔のアイリーンであった。懐から赤と黄色の包み紙を取り出すと、包装紙を剥がして墓標の前に供えた。


「……姫様」


 彼女の右手には、イザベルの首を握りしめた感触が未だ残っていた。多くの命を奪ってきたが、こんなことは初めての経験であった。

 立ち上がり、残った酒を墓標に浴びせた。ふ、と振り返ると半泣き顔のウィルマーが、三つ隣の墓の前に立っていた。


「何しに来たんだぃ、小僧」

「きっとここにいると思ったんだ。ババア、除隊したってどういうつもりだ」

「お前には関係ないさ」

「……あるだろ!」


 つかつかと距離を詰めたウィルマーは、アイリーンの胸倉を掴む。彼女はびくともしなかったが、抵抗もしなかった。


相棒バディだろ、僕達は! 勝手な真似は許さない!」

「相棒、か」


 認めた覚えなどなかった。ただ、命を賭して守ると誓った、大切な主からの命令であった。反故にするわけにもいかなかった。


「……あたしは十八で軍に入り、二十五でヴァージルを生んだ。まともに過ごしたのはたったの五年。仕事に専念する為に捨てたと言われても、仕方がないと思っている」

「…………」

「これはあの子が小さい頃好きだった菓子だ。こんなことしか、あたしは知らないんだよ。……そんな碌でもないババアを、相棒だなんて呼ぶんじゃない」


 酒瓶を手に立ち上がったアイリーンは、ウィルマーに背を向け墓地の出口へと足を向ける。


「じゃあ……じゃあなんで!」


 アイリーンは立ち止まる。背を向けたまま、ウィルマーの叫びを受け止めた。


「なんで僕にそんな話をしてくれたんだ! 思い出したくもない暗い過去を……。あんたが、僕を対等だと認めてくれたから、話してくれたんじゃないのか!? 除隊したからって、相棒解消は認めないぞ!」 

「……自惚れんじゃないよ」

「……なんだと?」

「お前にあたしを諦めさせる為に話したんだ! な〜にが相棒だ小僧!」


 どうも調子が狂う。この小僧、一体何者だ──とアイリーンは舌を打つが、自分の若かりし頃もこんな風だっとかと納得し、顔を顰めた。


「あたしはこの国を出て、イザベル様を連れ戻しに行くよ。除隊した身だ、好きにさせてもらう」

「この国の最高戦力を、みすみす国外に放つと思うのか?」

「……どういうことだ」


 アイリーンは振り返る。ウィルマーの得意げな顔が目に付くが、彼の纏う空気が変化したことに彼女は不安を覚えた。


「僕は特別な命を受けた。国王陛下直々にな」

「…………」

「あんたを監視することだ。最高戦力を国外に放って、後にこの国を滅ぼされる可能性も高いから、ということだった」

「……それもありかもしれないね」

「は?」

「あたしは……我が子を捨ててまで、この国とこの王家とイザベル様にお仕えした。自分で選んだ道だ、後悔はないがしかし、裏切ったからといって……自ら手に掛けようとした、大切なあのお方……それに関しては、死ぬほど後悔をしている」

「ババア……」

「ならいっそのこと、この国を全部壊しちまうのもアリかもしれないねぇ」


 指と首の骨をポキポキと鳴らすと、アイリーンは王城を見上げる。この程度であれば、半刻で破壊できそうだなと、口の端を吊り上げた。


「正気か、ババア」

「さぁ、どうだろうねぇ」

「ラ…… 光の鞭ラ ゲルム!」

「おぉっ?!」


 アイリーンが動き出すよりも早く、ウィルマーは詠唱。青味がかった白い鞭が、アイリーンの足を絡め取り、腰の周りに巻き付いた。


「この程度の魔法で…………っ!?」

「解けないだろう?」

「何故だ……!」


 こんな細い鞭の魔法、指が三本あれば簡単に捩じ切れるというのに。ウィルマーの魔法は強固で、解けも千切れもしなかった。


「僕は魔法学校を首席で卒業したと、イザベル様が仰っていただろう? 理由がある」

「興味ないね」

「あんたにも関わることだよ」


 鞭から逃れようとアイリーンは躍起になるが、やはり千切れず。それどころか次第に締め付けが増してゆく。


「あんた、魔法が使えないだろ。あんたの親も、子も」

「だから?」

「その三代分の魔力が、全て僕に付与されているのだとしたら?」

「……そんな、まさか」


 あまりの力に、呻き声が漏れる。膝だけは付かぬと己を鼓舞し、アイリーンは歯を食いしばった。


「『三代魔法が使えぬ子が生まれた後、大魔道士が生まれる』という話はあるんだよ。文献にも普通に載ってる話さ。魔法が使えない代わりに、肉体が強固になり、その上……」 

「ペラペラとよく喋る……!」

「遮らないでよ、全く。ねぇやめなよ、腕が千切れる」


 現にアイリーンの軍服は所々破れ、腕からは血が滴っていた。己の血溜まりで足がずるりと滑り、転げそうになってしまう。


「おおおおおおおおっ!」

「やめなって」

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っっ!!」

「……嘘だろ」


 光の鞭が、ギリギリと音を立てている。右手側は腕が優勢であるが、左手側は半分ほど肉に食い込んでいた。ブチブチと裂ける音は、鞭か──彼女の肉か。


「や……やめろぉッババアッ!」



 ──ブチブチブチブチッ!



 と。鞭は千切れ、アイリーンは高らかに右腕を突き上げた。左手は重症で、腕が半分程、ぷらぷらと揺れていた。


「馬鹿なのか! 馬鹿なのかこいつ!? 回復魔法っ! 光の揺籃ラ イ ナ ビュラ!!」


 詠唱しながら駆けたウィルマーは、アイリーンの腕を手早く治療してゆく。みるみるうちに癒着してゆく肉に、アイリーンは感嘆の声を、上げた。


「流石はアタシの孫だねぇ」

「……そういうのはよせ」

「お前、母親はどうしている」

「母さんは城下町に住んでる。僕の妹も一緒だ」

「お前が国を出るなら、家族も心配するだろうが」


 腕の治療が終わる。ウィルマーの腕は見事なもので、傷の一つも残っていなかった。


が一緒だから、大丈夫だと告げてきた。僕の才能と働きのおかげで、母も妹も生活に困ることはないだろうさ」

「そうか」

「……というか、認めてくれるのか?」

「今まで受けた魔法で、アタシが無傷で破れなかったものは、これが初めてだった」


 空から数千の矢が降ろうとも

 

 地面が隆起し飲み込まれそうになろうとも


 全身を火で包まれようとも


 どんな魔法も無傷で蹴散らし、六十余年。初めて負った傷が、こんなにも細い鞭だなんて、笑ってしまう。


「仕方ないから認めてやるよ、相棒。アタシはアイリーン・アボット。最強と謳われたババアだ、よろしくな、ウィル」

「……アボット? あんたもアボットなのか?」

「お前の爺さんは、うちに婿入りしたんだよ」

「そうなのか……まあ、細かいことはいいんだ。僕はウィルマー・アボット。最強のババアの孫で、大魔道士になる予定の男だ」


 大きさの違う、二つの拳をぶつけ合わせる。二人が向かうのは光か、それとも闇か──。

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最強のババアと、今はまだ無名の僕【連載版】 こうしき @kousk111

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