第9話

来る衝撃と痛みに備えて目を強く閉じる。


(せめて苦しまないようにしてくれ)


たが、衝撃も痛みも来ない。


(ひ、一思いに頼む)


まだ、来ない。


(あぁ、何も残せない人生だったな〜……)


中々、来ない。


(こんな事なら、ケチらずに珈琲全部飲めば良かったな〜……)


しかし、来ない。


(さぁ、来るなら来い!)


でも、来ない。


(…………)


来ない。


(……来ないな)


来られない。


(…………?)


待てども待てども衝撃も痛みも来ない。


だが、未だ気配は確かにある。


仰向けに倒れたまま、恐る恐る目を開く。


「うわぁ〜……」


思わずこぼれる間の抜けた声。


森と泉の境目。


日光が当たるか当たらないかの森の入り口でソレが佇んでいた。


日の光にわずがに照らされ、今はハッキリと全容が見える。


遠巻きでは分からなかったが表皮にはミミズのような物が隙間なく生えており、ヌメヌメと糸を引きながら蠢いていた。


咽返すほどの嫌悪感に襲われるが、じっと動かずに様子を伺う。


森の境目を行ったり来たりしているが森の外に出ようとしない。


明らかに何かを嫌がっているようだった。


そして、確かに自分を捕捉していた目が此方を向いていない。


(……見失ってる?)


気取られないように、ゆっくりとうつ伏せになり、そのままの状態で距離を取る。


だが、気付かれる気配はない。


(やっぱり、見失ってる)


疑惑が確信に変わる。


ゆっくりと立ち上がるが、やはり気付かれない。


しかし、何故?


森の中と今で一体、何が違うのか?


(……日の光?)


明らかに此方の姿が見えていない。


ソレの目を確認するが、日の当たる場所に向いている目は一つとしてなかった。


恐らく暗い森に適した目は暗闇では良く見えるが、明るい場所は見えないのだろう。


耳や鼻といった物は見当たらない。


代わりにあるのは無数の目。


獲物の捕食を目に頼っているのは明らかだった。


(……試してみるか)


此方が再び暗闇に戻ってくるの待っているのか、ソレはこの場合を離れる様子はない。


ベースキャンプまで戻り、適当なサイズの薪を手に取る。


少し距離を取りながら森の境目に近く。


そして、薪を森の奥目掛けて思いっきり投げる。


(いけ!)


薪は綺麗な放物線を描きながら森の奥に落ちる。


するとソレは直ぐにそれを察知し、静かに森の奥へ姿を消したのだった。

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