第8話

目だ。


無数の目が此方を見ていた。


遠目に見ても分かる大蛇のような長く、大きな体躯。


表皮は暗闇に溶け込むように黒く、何かが這うように蠢いている。


淡く光っていたのは舌先で、細く長い舌を辿ると、その先にあるのは大きく開かれた円形の口。


口の中には鋸のような歯が奥までビッシリと生えており、波打つように動きながら獲物が入って来るのを今か今かと待っている。


そして、頭部から触手のように伸びる無数の目。


獲物を探しているのか縦横無尽に動いていた。


そう、動いていた。


今はその動きを止め、全ての目が此方(獲物)を見つめている。


狙いを定め、捕食しようと不気味なほど静かに近付いてきていた。


故に走る。


来た道を全速力で直走る。


鬱蒼と茂る森の中を、ひたすらに、がむしゃらに。


身体に当たる枝が皮膚を切り、心臓が張り裂けそうになるのも構わず、ただただ必死に。


肺に酸素が足りず、自身の置かれた状況への不平不満すら声にする事ができないが、それでも叫ばずにはいられなかった。


だから、叫ぶ。


心で。


魂で。


(思ってたのと違ぁぁぁあああああう!!)


異世界に憧れていた。


恋焦がれていた。


しかし、現実はどうだ?


高貴な身に生まれ変わった訳でもない。


若返ってもいない。


容姿も変わらず、整っていない。


魔法も特殊な能力も何もない。


ただ、異世界に来て遭難しているだけ。


(クソ、クソ、クソ!)


理想と現実のギャップに心の中で悪態をつきながらも、森の外を目指して足をただ前に動かす。


振り返る余裕はないが、どんどん距離を詰められているのを感じる。


(異世界に来た主人公達はどうなってんだよ! 何で何の躊躇もなく、あんな化け物と戦える訳? サ○コパスかよ!)


過激化していく悪態。


勿論、モンスターとの初陣で躊躇していた主人公が数え切れない程いるのは理解している。


それでも文句を言わずにはいられなかった。


納得いかない事だらけ。


今だって本当なら直ぐにでも止まって休みたい。


だが走る。


休まず足を前へ動かし続ける。


まだ、何も異世界を謳歌していない。


(殺されて……死んでたまるかぁぁぁあああ!!)


眼前に泉を捉える。


森を抜けるまで後少し。


(森を出たらどうする? どうすれば良い?)


打開策を練るが妙案は出てこない。


出るのは嫌な汗ばかり。


そして、あろう事か汗が目に入り、一瞬だが視界を奪われてしまった。


目に入った汗を拭おうとして、疎かになった足元が木の根に取られてしまったのだ。


最早、抵抗する事もできず見事に転ぶ。


転んだままの勢いで森を抜け、まだ青い空を見ながら彼は思う。


(……俺、死んだな)

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