第9話 - 消えた僕の幼馴染
「そんな…………」
チャイムが鳴ってしまう。2回目のループと同じ…………林檎がいない。それだけならまだよかったのかもしれない。僕は昨日の彼女を思い出さずにはいられなかった。
『……行飛くん、どこにもいかないでね』
昨日はその言葉に引っかかりを覚えながらも、違和感から目をそらして帰った。彼女と別れて帰ってしまったのだ。
「――日直~!」
いつも通りの
「
ただ単に林檎は休んだだけ、と、そうも考えた。しかし、先生は他の女子の欠席についてクラスに問うだけで、林檎の不在については何も触れることなくHRを終える。
「なぁ
「え、なに言ってんの
おかしいことを言ったつもりはない。だが、彼からしてみると変な発言だったらしい。
「雲ちゃん、もしかして……飴宮さんのこと、まだ知らない?」
「なっ、何の話? 科学部のこと?」
「まじかぁ……飴宮さんのこと気にしてるもんだから、ずっと知ってるのかと……」
「いいから。俺が知らないって何のことさ」
「ごめん――――飴宮さんって、学年全体でいじめられてたって話でさ。前までは休みがちだったんだよ……まじごめん。隠してたとかじゃないんだけど」
「は…………え? い、いじ……え?」
力が抜けた。聞き返すことさえままならない。
古田は僕の肩を叩いて答えた。
*
――1限の先生が入ってきてから、自分が放心状態にあったと気付くほど。思考がその場で絡まり始めているのを、わかっていても止めることはできなかった。
授業に集中できないし、集中しようとも思わなかった。
古田が言う通り、林檎はもともと休みがちで、今いないこと自体は普通のことだと……いや、信じられない。
『先輩との約束だから……毎日学校に来いって』
科学部に……いるのかもしれない。そうであってほしいと願うばかり。もし科学部にいなければ、その時は――。
「――先生。ちょっと保健室行ってきます」
「どうしたの? 熱?」
「……はい。少し熱っぽくて」
心配そうな約60の瞳。今朝のやりとりがあった古田だけは疑いをもって僕を見上げていた。
教室を後にして向かうのは、当然、部室。
万が一のことも考えて、先生に見つからないようにクリアリングをしながら廊下を駆け抜ける。
1階まで降りて、あとは部室棟へ走るだけ……残り僅かのタイミングで、声がかかる。
「
振り返らずともわかった。その声は歩場先生のものだった。いつになく張った声だったため、その声に振り向くのが怖かった。
僕は一目散に逃げる。部室に入れたならタイムマシンを使える。タイムマシンが使えたなら、10時間前――まだ登校する前まで遡れる。
過去に戻れたら、後のことなんて関係ない。
「待て! 待ってくれ!!」
呼び止められても関係ない。階段を駆け上がって部室棟を走る。
部室の前、中から何か音がした。
扉は――開かない。鍵が閉まっている。
窓を覗いた。誰もいない。
「雲永ぁぁああ!!」
こちらに迫ってくる先生。僕はとっさに扉に体当たりをした。
どれだけ力を込めたのか自分でもわからないが、とにかく扉をこじ開けることができた。蝶番がかかっていた木枠がパラパラと崩れる。
扉は長机に倒れかかっていた。僕は扉を、机を渡り歩き、タイムマシンの前へ。
「…………?」
――なぜかギターのアンプに電源が入っていた。ノイズはかすかなものだったが、音量ノブは目一杯に振り切れている。
「よせ雲永!! 飛ぶな!!!!」
――『飛ぶな』。その一言でタイムマシンに伸ばす手が止まる。
息を切らした先生が扉の枠にもたれかかる。
「…………〝それ〟のことはいつから知っていた?」
「先生は――先生も、知ってたんですか。〝これ〟を」
今までタイムマシンと呼んできたが、それは僕が勝手に呼んでいたものだ。
先生はいつものような口ぶりに戻る。
「そりゃ俺の私有物だ。ここの元顧問だったもので置かせてもらっていたが…………その水槽、確か魚がいなかったか?」
彼の言葉に気付かされる。ネオンテトラが1匹と残らず沈んだり、浮いていたりした。
「死ねば魚も天国と地獄だ。人も…………」
「『人も』ですって?」
「いいか、雲永。これは
「は――――」
――
「それだけじゃない…………雲永、お前がいた
「どッ…………」
息が詰まる。違う。呼吸が上手くいかない。
息を吸おうとすると余計に苦しい。めまいがする。
僕はなんとか手をついて落ち着こうとする。
「過呼吸か……! 無理するな。大丈夫だ、大丈夫だ」
歩場先生は僕の肩を力強く掴んで語りかけてくれた。
数十秒の時間が何十倍にも長く感じられる。
「落ち着け、雲永。飴宮じゃない。さすがに警察も焦って地域を回ってる」
「ち……違うんです」
「俺は疑ってない。お前も、飴宮のことも――」
「――いえ、違うんです」
僕はギターのアンプを指差す。
「昨日僕たちが帰った後に……誰かが、この部室に…………」
「えぇ……!?」
先生は室内を一通り見回す。
「このアンプが……そうか、電源が入っているのか。いいか、触るなよ」
僕は何度も頷いた。一向に気は楽にならないが、身体は調子を取り戻してきた。
「い、一体なにがあったっていうんですか」
「通り魔……ってことになってる。だが、もしも〝それ〟が関わっているとするなら――」
「――飴宮さんは、林檎は!!」
「…………家に電話をかけたが、繋がらない」
林檎がいない。それだけならまだよかったのかもしれない。僕は昨日の彼女を思い出さずにはいられなかった。
『……行飛くん、どこにもいかないでね』
「それなら……僕が行きます」
「ダメだ。雲永は他人が〝それ〟を使ってるところを見たことがないはずだ」
「それでもッ!! それでも林檎と一緒にいなきゃ……!!」
先生は僕の手を引っ張った。
「戻ったら消えるんだぞ……お前が……!!」
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