第10話 - Carry the Zero



学校は早退し、僕は僕なりに林檎を探した。

歩場ほば先生とタイムマシンのことも気になるが、それどころじゃない。


僕は、歩場先生から聞き出した住所……つまり、林檎の家にも向かってみたが――。



「何があったんですか!? 飴宮あめみやさんのお宅ですよね!!」


「関係者以外の立ち入りはご遠慮ください!」



住宅を取り囲む野次馬、その内側にはテープ、そして数多の警察官がひっきりなしに出入りしていた。

林檎を探しにきたのだ。林檎が事件に巻き込まれているのを確認するために来たんじゃない。そう自分に言い聞かせようとするも、耳に飛び込んできたのは、殺人事件が起きたとの話だった。


――被害者は飴宮あめみや咲良さくら。林檎の母親だった。


僕もここで初めて知ったのだが、どうやら林檎は母親との二人暮らしであり、同居していたはずの、そして学校に向かったはずの林檎が行方不明……と。


ここに走ってくるまで、パトカーと警察官を数え切れないほどに見てきた。それなのに行方不明。

同時多発的に生じた殺傷事件のほうに手を取られているとも見れなくもないが、被害者の娘がいないのに探さないワケがないはずだ。


最悪の可能性にぶち当たる。祈りは届かない。そんな折、歩場先生から電話がかかってきた。



「もしもし……雲永くもながです……」


「アタシだ。藤刈ふじかり


「せッ、先輩ですか? どうして先生の番号で――」


「――いいから。とにかく学校に来い。屋上で待ってる」



時刻は15:42。学校が終わってすぐの時間だ。

どんな顔をして柚先輩に会えばいいのかわからない。ある意味で転校初日よりも緊張した。







学校にもパトカーが数台止まっていた。僕だけが直感した非日常を現実として目の当たりにすると、もう何がなんだかわからなくなってしまう。

ともかく、僕は呼び出された通り学校の屋上へと向かった。


普段は上がることのない階段を最後まで進み、ドアノブを回してみる。


――開いた。

向こうに広がるのは荒涼たる陸屋根。換気設備、給水設備が整然と散乱していた。


そうだ、この朝枝あさえだ高校も屋上は立ち入り禁止。それなのに彼女はそこにいた。

柚先輩は校庭のほうを見下ろしながら、背中で話しかけてくる。



「……林檎はどうなった。お前は何をしてた」


「わかりません………………わかりません」



それ以外の言葉がでてこない。わからないものを、どうこう話すことはできない。

知りたいのは僕のほうだ。何もわからないまま、日常はどんどん遠くに離れていってしまう。



「昨日も会ったんだろ。部室で一緒にいたんだろ」


「はい……でも、僕は何も……!」


「――知ってるか知らないかじゃねえ!! お前は何も感じねえのかよ!!」



柚先輩は力なく振り返り、そして、あの時の目で僕を睨んでくる。


『お前、もう林檎に近づくな』


以前のループで『林檎のため』と言っていた柚先輩は、こうなることを予見していたというのだろうか。



「僕は……やっぱり何もわかりません。あまりにも突然だったから……」


「本当に突然か」



――昨日、会ったときに予兆は感じていた。しかし、それがこんなことになろうとは露ほども思わなかった。



「お前、〝ガラスの色〟ってわかるかよ」


「ガラスの色……?」



聞き返しただけで舌打ちをされる。僕は崖っぷちに立たされているようだった。むしろ、屋上の縁に立っているのは彼女のほうなのに。



「お前が不幸を呼んだんだ。ちょっと仲良くなったからって、許すべきじゃなかった。アタシも悪かった」



誰に向かっての懺悔か、彼女は空に向かって謝る。

しかし、彼女の話は思い込みで決めつけだ。何かしら僕に原因があったのだとしても、それが全てであるはずがない。

なぜなら――



「――僕は何も知りませんでした。林檎ちゃんのこと」


「ああ、そうだろうな。何も知らなかったからこんなことになったんだ」


「どうして教えてくれなかったんです」


「教えちゃいけなかったからだ」



答えになっていない。その不誠実な態度が僕の無知を招いたのだと言い返してやりたくなった。



「それも『林檎のため』って言うんですか」


「ああ。林檎のためにアタシは黙っていた」


「……僕のことなんか、信じちゃくれないっていうんですか」


「お前は、林檎の笑顔を見れたのかよ。泣かせてばっかりだったんじゃないのかよ」



辛辣すぎて言葉を失った。それに思い返すと確かに、林檎の笑顔よりも彼女の泣き顔のほうを多く目の当たりにしてきたかもしれない。

先輩に認めてもらえた……というのは幻想だったのか。あれは本当に白昼夢だったのか。


先輩はその場に座り込む。その手には本……いや、大学ノート。彼女は唱える。



「この部屋に〝ガラスの色〟がわからない男が訪れるでしょう。あなたはその男に何か感じるでしょう。その男ははあなたの大切なものを奪い去るでしょう」


「な、なんですか……それ」


「『よげんのしょ』」



そのノートをこちらに投げ飛ばしてくる。本当にひらがなで『よげんのしょ』と書かれていた。



「……あなたに信じてもらうために、あなたのことを言い当てましょう。元軽音部で科学部員。好きなものはシューゲイザー」



――既視感がある。



「これは予言の書です。あなたとかわいそうな少女、そしてまだ見ぬ男のための予言です。これから綴るのは運命。それを変えてください」



――〝運命〟。


その先には先輩が口に出した文章が続く。

様々な感情が湧き上がってくるが、何よりも、何よりも先立って感じたことは一言。



「何だよ、これ……」



藤仮先輩は茫然自失としているようだった。



「まさか……先輩は、こんな物を信じて僕と林檎の仲を?」


「ああ」



先輩と同じように、僕のほうも力が抜けていく感覚に襲われる。

彼女に向かい合うように体育座りをして、改めて問い直した。



「僕よりも、このノートに書かれてることを信じたんですか」


「ああ」


「先輩。次は……教えて下さいね」


「ああ」



僕は屋上を後にする。

現在の時刻は17:03。10時間前の僕はまだ家を出ていない。



一斉下校で部室棟には誰もいない。ただ、科学部の部室には立入禁止のテープが貼られていて、手前に先輩のギターが寝かせてあった。



中に入り、タイムマシンを起動する。ギターアンプは相変わらずぷつぷつとノイズを発している。



「ガラスの色……林檎の笑顔…………」



10時間前の世界へ。今度こそは――。

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