第6話 - my bloody...
日付は進み、転校してからおよそ1週間が経った。
あれから科学部には行っていない。僕の隣で授業を受けるようになった林檎でも、科学部にはほぼ毎日行っているようだった。
転入のほとぼりも冷め、僕が
前の席の
「ねぇ~
「むしろこっちが教えてってば。転校してきたから進み具合にギャップがあってさ……ベクトルのとこなんだけど――」
――6月も終わりごろに差し掛かり、定期考査が目前に迫ってきていた。
まぁどの教科も追いつけていないのが現状であるが、こと数学に関しては初日に感じ取った危機感が拭えないまま今に至る。ワンチャン赤点。
学力には問題の無い転校だったはずなのに。
「飴宮さんはテスト週間だけど、やっぱり今日も……?」
「うん。ごめんね……また」
「わかった。またね」
テスト週間だというのに科学部に向かう彼女。先輩がおそろしくて、僕は行けていない。
…………待てよ?
よこしまな考えが頭をよぎる。
――タイムマシンがあれば、考査をその日の始まりからやり直すことができるかもしれない。問題と解答を覚えて過去に戻れたら……。
しかし、良心の呵責もある。そんなことをして得をするのは〝今〟の僕であり、〝今〟の僕しか得をしないようなことにリスクを背負うのは――――。
*
満身創痍の僕は、解答を書き込んだ数学の問題用紙を持って科学部に向かっていた。
誰もいなくなった教室で血反吐を吐きながら、教科書と照らし合わせて埋めた解答が、いかに僕が本番でしくじったかを思い知らせてきた。
他の教科はまだいい。
この数学だけは、数学だけは許せない。
――それに、タイムマシンのことで試したいことがいくつかある。
タイムマシンで過去に遡ったときに、どこまで物を持っていけるか。問題用紙の他に、手首どころか腕にまで解答を書き記した。まるで耳なし芳一。
意識だけを持っていかれるなら、これらの試みは無駄になってしまうわけだが。どうせ過去に戻るのだ。タダも同然。
――しかし、過去に戻れなかったら。
その最大の危惧が、形容し難い音に
部室棟から漏れ出る音……ノイズ。嫌な予感がするのは、科学部にスピーカーが置いてあったのを覚えているからだ。
偶然にも、科学部へと向かうその足は音の出処へと近づいていた。
「まじかよ……嘘だろぉ…………」
科学部の扉横の窓ガラスが細かく振動している。気配を消して、その窓を覗き込む。
――金髪の後ろ姿。先輩だ。
林檎は見当たらない。林檎という橋渡し役がいなければ、僕と先輩は他人のままである。関係者以外立入禁止という断りがあるワケではないが……。
迷っていると、部室の中から一際大きい音が発せられた。その衝撃でぶっ倒れそうになったのは比喩ではない。
そして音は止んだ。急に訪れた静寂に、反射神経が追いつかなかった。
「何やってんの、あんた」
「あ…………どうも」
畏まる僕、怪訝な目の先輩。
彼女からしたら
「その……何の音かなって気になりまして……」
「あ、そう。その腕なに?」
言い訳が一蹴される。僕が思うほど、彼女は僕のことを気にしていないのだろう。
「これは……〝封印の呪文〟です。力を解放すればあなたのことがわかっちゃいます」
「厨二病?」
「いいえ。あなたは
「そうだけど」
「元科学部で、好きな物はリプトンのピーチティー……」
「情報が偏ってるね」
「この科学部で飴宮林檎と長い時間を過ごしている……」
「……あんた、林檎の知り合い?」
「ンなッ!?」
逆に言い当てられた。今この場に林檎はいないが、それでも彼女のこととなると先輩は僕の天敵になる。
「林檎が言ってたのはあんたか……こんなバカみたいなのに引っかかるなんて」
「バカ……ですか」
「じゃあ、アホ?」
「いや、バカで結構です……」
先輩は部室の扉を大きく開けて、僕に視線を向ける。それはこれまでに見たことがないような、柔らかい目つきだった。
「……へ?」
「入んなよ」
――この場合の『入んなよ』は「入りなよ」なのか「入るなよ」なのか。
数学のテスト以上に難しい問題。悩んでいるとタイムアップになってしまった。
「早く入れよ」
「あ、すみません」
「お前、バカなだけじゃなくトロいんだな」
散々な言われようでも、先輩には歯向かえない。林檎と良好な関係だろうから、僕と先輩の間で不仲にもなれないのだ。
完全アウェーとなった科学部の部室にちょこんと座り、対面の彼女に尋ねた。
「あの……林檎ちゃんは今日は……?」
「ああ、先に帰った。林檎とアタシはここにいる理由が違うからな……」
先輩は言いながら、掛けてあったギターを持ち上げる。
ギターに刺さったケーブルの先、箱状の機械のノブを回し、こちらに向き直る。
「――〝シューゲイザー〟って……知ってる?」
その直後、音にすら聞こえない轟音が僕の意識を連れ去った。
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