第4話 - 戻る日の青
僕は先輩に引っ張られ、部室棟から校舎を挟んで反対側の駐輪場まで連れてこられた。
先輩は倉庫の影に僕を投げ入れると、逃げられないように手をついて迫ってきた。いわゆる〝壁ドン〟だった。
高校生にもなって女子と顔の高さを同じにしているのは、僕の身長が低いからではない。
帰宅部の人たちが時折こちらに視線を向けてくるのを、先輩はその眼光で逆に釘を差す。
「…………お前、林檎の何なんだ。ただのクラスメイトじゃないだろ」
「え……えと、実はお、幼馴染で……」
「幼馴染ぃ?」
顔を大きく動かしても、その『綺麗』という印象は崩れない。
派手な髪色に切れ長の目、それにピアスも見えた。迫力を携えた美しさ。一見して不良的な、危険な香りがする。
「……てことは、
「――!! ええ、そうです!」
「しまった……聞き出せばよかった」
先輩は壁から手を離し、頭を抱えるような素振りを見せる。あのまま取って食われるかとさえ感じたものだから、ほっと一安心した。
「あの……あなたの方は?」
「あ? どうだっていいだろ、そんなこと」
「いやぁ……そちらこそ林檎ちゃんの何なのかなぁ〜って」
無言の凝視が容赦なく浴びせられる。下手なこと聞かなければよかった。
僕の耳元で再びドン。先輩と壁の板挟みが万力のように思えた。
「……
声色は低く。ドスの効いた声、とは言うが、平和的なシチュエーションであれば彼女に惚れてしまいそうになる魔性の魅力もある。
――しかし、次の言葉は僕を突き放した。
「お前、もう林檎に近づくな」
簡潔かつ冷酷。以上のやりとりを終えると、彼女はさっさと行ってしまう。
「待ってください! なんでですか!!」
彼女は一切反応しない。悠々と渡り廊下から校舎内に戻っていく。
必死になって呼び止める僕のほうが悪目立ちした。
彼女の行く手を阻むように前に出ると、たった一言。
「林檎のためだ」
――わからなかった。
僕が彼女に否定的に見られることよりも、僕が林檎に何かしらの悪影響を与える可能性を指摘されたほうがよっぽど心に効いてきた。
納得するしないではない。林檎を持ち出された時点で、太刀打ちできない……いや、剣を捨てざるをえなくなる。
「林檎…………」
不安定な思いが結実し、彼女の名を呼ぶ。
思い返した。
記憶の中で、林檎と再会したときに彼女は泣いていた。さっきだって僕に気付くと目を潤わせながら名前を呼んできたのだ。
――林檎には僕の知らない何かがある。
それはもうほとんど確信していた。ただひとつ足りないことがあるとすれば、それは僕の知るかつての飴宮林檎はいなくなってしまったのか、ということだ。
幼馴染だ。幼馴染だったのではない。林檎は幼馴染だ。
――それに、今日に似た記憶があることに対しても見当はついている。僕の勘が正しければ。
思考に身体が追いついた。
廊下を一目散に駆け抜け、あの先輩の後ろ姿をも置き去りにした。
科学部の扉を開け、例の機械に近づく。
「林檎ちゃんはこれが何か、知ってる!?」
「え、行飛くん……どうしたの一体?」
「いいから! 答えて!!」
「――おい! 林檎から離れろッ!!」
先輩が追いついた。
それまで林檎しかいなかった部室に大きな声が飛び交う。林檎は答えるどころか、かえって怯えてしまっていた。
「そ……な、怖い顔しないで…………知らない、よ…………」
「――ッ!!……くっ」
僕は手を伸ばした。
タイムマシン。
過去に戻れるタイムマシン。
過去に戻って失敗をなかったことにできるタイムマシン。
今はそうするしかなかった。
逃げるしか、なかった。
*
まず腕時計を確認した。
午前7時58分。場所は職員室の中。
「これでも俺、一応はいじめ対策のプロだからさ」
「え? あ、はい……」
しかし、今はそうではない。
「あの、先生……2年2組に飴宮さんっていう人がいますよね」
「うん。知り合い? あ、そっか……魚住から来たってことは――」
「――はい。幼馴染なんです」
「へぇ! そりゃ奇妙な縁だ」
膝を叩いて面白がる先生だが、すぐに神妙な顔つきになる。飴宮林檎に対して、何かしら思うところがあるらしいのはすぐにわかった。
その正体は保健室登校――ならぬ、科学部登校といったところだろう。
「どう? 最近は会ったりしてるの?」
「……いえ、
「そっか。今日も来るかわかんないしなぁ……」
だんだんと沈んでいく声色。それでも僕は林檎と会わなければならない――先輩に止められる前に。
「先生、僕に時間をください」
「…………ほう?」
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